便座さんです プチ日記  Since 1999.3.29  表紙  日記過去ログ一覧  貧乏レシピ(毎週 水曜24時更新)  『ナグラる』     ブックス(2008.11.08更新)   メール


3月9日(火曜) 深夜

 二日酔いの朝、無性にオレンジジュースが欲しくなって、まだ酒が残っている状態でフラフラしながら近所のスーパーに行って。

 必死の思いで購入して、いざ飲んでみたら、うげっ!? 

 …と思って見てみたら、間違えてパンプキン・クリームポタージュスープだったときのしょんぼり感。こんな紛らわしいパッケージには猛省を促したい。

 でも、まだ十分に酒が抜けていないと、「パンプキンでもまァええわ」とゴクゴク飲めるらしいです。上には上がいます。

 

3月8日(月曜) 深夜

 本日のお花です。

 「花がなきます。花取るな」とありますが、花はひとつもありませんでした。もしかすると、この貼り紙を見たチビッ子が「この花、取ったら鳴くんやろかっ!?」と好奇心満々になってしまい、すべてむしり取ってしまったのかもしれません。だとしたら家主もチビッ子も、双方がっかりしたことでしょう。

 ついでに、本日のトイレではありません!

 きっと何度も何度もトイレと間違われたのだろうけれど、家主が「自分ん家はトイレっぽい」ということを受け入れているのがなんとも涙を誘います。

 

3月5日(金曜) 深夜

 いま住んでいるマンションには、FTS (Full Time System) という宅配ボックスのシステムが設置されている。

 不在時に訪れた宅配業者が部屋番号を指定して宅配ボックスに入れることによって、住人はカードキーでいつでもその荷物を取り出すことができるという、一人暮らしで留守が多い身にとっては非常に便利な機能である。

 ただ、宅配業界にまだ馴染みがないのか、それとも使っていいのか判断に迷うのか、どんな業者もいまだかつて FTS を使ってくれたことがない。いつも決まって郵便受けに「お届け不在シート」みたいなのが入っていて、指定された電話番号にこちらから連絡し直さなければならいのだった。

 かねてから何とかならんものかと業を煮やして試してみたのが、住所の末尾にその旨を記入しておくという方法(お届け先のフォームに「不在時はFTSに入れて下さい」等と追加して入力しておく)。で、先日実際に試してみたらバッチリうまく実行してもらえたので、嬉しくてここにも書いてしまおうという次第。

  クール宅急便なんかだと入れてもらえなさそうだけれど、それでもお届け先欄に「本日夕刻には帰宅しますので気にせずFTSに入れてくださいますよう切にお願い申し上げます」等と書いておけば、さすがに入れてもらえるかもしれません。

 いやー、住所欄って意外と何を書いてもいいんですねえ。

 

3月4日(木曜) 深夜

 本日の夕食です。

 左上に鎮座しているのは、いただきものの「赤こんにゃく」。原料はふつうのこんにゃくなんですが、べんがら(酸化鉄)が混ぜ込んであるため真っ赤で、モチッとした独特の食感がたのしい逸品。滋賀県を中心に、京都でもふつうにスーパーで売られてます。

 ちなみに、赤こんにゃくをくださった知人のWさんは、はじめて店で赤こんにゃくを食べたときに驚いて「これ何ですか!?」と店長に尋ねたところ、「こんにゃくの肝(キモ)の部分や」と言われて、「へえー、そうなんだ」と信じたまま帰ってきたそうです。

 こんにゃくの肝の部分。そういやこんにゃくって、川に泳いでたりしましたっけ。

 

3月3日(水曜) 深夜

 「進化」の反対語は何か? 

 この設問に対して、大半の人は「退化」と答えるらしい。しかしそれは不正解で、正解は「停滞」とのこと(『論理パラドクス』三浦俊彦著・二見書房刊より)。

 その通りやがなっ! と思わず納得してしまった。

 生物進化というのは、生存 or 生殖に有利な形質のランダムな発展のことである。したがって例えば、サルから人間に「進化」するプロセスには、直立二足歩行や大脳の大型化と同時に、しっぽの消失や体毛の減少(=退化)も含まれる。つまり、退化も進化の一部分なのだ。

 モグラの目が見えなくなったのだって、ずっと地下生活する彼らにとっては視覚情報の処理などは余分な能力であって、そのためのリソースを他に回すほうが生存に有利だったものと思われる。これも進化=退化。≠進歩。

 進化として発展するのは、必ずしも生存に有利な形質ばかりではない。

 有名な例としてよく挙げられるのは、クジャクのオスの華やかな羽根である。こんな目立つ羽根がついていたら外敵に見つかって捕食されやすいから、個体の生存には不利になりそうなものだけど、クジャクのメスが羽根の立派なオスを選ぶ淘汰圧がかかり続けた結果、立派な羽根を持つオスだけが子孫を残すようになったというわけである。

 こう考えると、冷暖房が普及して軟弱な人間が増えていることなんかも、進化の表現型のひとつと言えるのかもしれません。

 世の中、たいていのことは進化の一部分なんだと思うと、なんだかホッとして生きやすいものですな。

 

3月2日(火曜) 深夜

 昆布と削り節でちゃんとダシを取ると、めっぽう料理が美味しくなることに気づいて大興奮しております。

 あまりにも当たり前すぎてお恥ずかしい話ではあるんですが、「ダシを取るのって面倒臭そうだなァ」という思いと、やっぱり人工調味料が入ってないと心細いという先入見から、今までなんとなく市販の濃縮ダシばかり使ってまして。それが、昆布と削り節で取ってみたら、ああこれやがなっ! という味になったという次第。

 あまりに嬉しくて、最近では週に3回くらいはダシを取っては、ダシ料理ばかり作ってます。

 ちなみに本日の夕食は、ヒラメの煮付け(もちろんダシ入り)、菜の花の煮浸し(もちろんダシ入り)、ほうれん草のごま和え(やっぱりダシ入り)、だし巻き卵(当然ダシ入り)、冷奴(なぜかダシ入り)というダシづくし定食。ここ数日、こんなメニューばかりです。

 嬉しさのあまり、職場の同僚(おもに30代女性)にも「ちゃんとダシ取ったら美味しいで!」と吹聴してるんですが、決まって「そんなん知ってるわ」と一蹴されるのがさみしいところですな。

 

3月1日(月曜) 深夜

 我が家で使っている体重計が、マイナスの重さも測れることを発見。

 上の写真は、マイナス0.8kgの重量が体重計にかかっていることを示しています。測定板を上方向に引っ張っているだけなんですが、こういうのを目にすると「マイナスの重量っていったい何だ!?」という疑問が頭に浮かんで、なんとも気持ちが悪い感覚が続いてしまうからいけません。

 マイナスの重量と考えてまず思いつくのは、ヘリウムガスの風船あたりだけれど、考えてみればヘリウムガスにだって重量はある。同じ体積の空気と比べて1割くらいの重量しかないから空気中で浮くだけの話である。

 ヘリコプターを離陸させるときに体重計を引っ張れば、ものすごいマイナス重量が測定されること請け合いだが、かといってヘリコプターの重量がマイナスかといえばそんなわけがなくて、ローターの回転によって浮力が生じているだけの話である。

 マイナスの重さ、マイナスの時間、マイナスのスピード。…考えれば考えるほど小学生みたいな混乱に陥ってしまいますな。

 ちょこっとネットで調べてみたところ、負の質量を持つ物質は「エキゾティック物質」と言われるそうで、地球上には存在しないし、現在の科学力では作ることも夢物語ながら、理論上は存在できるみたいです。

 エキゾティック物質が発見されるのが何万年後かは分かりませんが、そのときこそ、この体重計の真価が発揮されるんでありましょう。

 

2月27日(土曜) 夜

 恥ずかしながら、BS放送をタダで観れることを先日初めて知った。

 新しいマンションに引っ越して、新しい液晶テレビも買ったのだけれども、セッティングしてくれた電器屋のおっちゃんから「BSはこのままやと写りまへんわ」と言われたので、ああ、見るためにはややこしい契約とかアンテナ設置とかしなくちゃ無理なんだ、と思い込んでいたという次第。

 BSの番組局についても、NHKとWOWOWの2つしかないと思っていた。

 それが同僚によると、最近のマンションは配線をつなぐだけでBSが観れるうえ、番組局もフジやらTBSやらいろいろあるとのこと。これには流石にビックリたまげて、「ええっー! マジですか!?」…と仰天したら、逆に相手から「マジで知らんかったん!?」と仰天されたわけでして。

 その日のうちに慌てて電器屋に走り、店員に尋ねてみたところ、分岐器とコードがあればすぐに写るだろうと言われ、その通りにやってみたら即刻写りました。今まで知らなかったBSの世界、チャンネルもいっぱいある、ある、ある! こんな世界が広がっていたなんて!!

 コイツはすごいと感動して、勢いにのってハードディスク・レコーダーも新たに購入。

 …したまでははいいのだけれど。

 BS放送、しょせんは無料だけに目ぼしい番組などほとんどないし、地上波の再放送も目白押しである。せっかく買ったレコーダーも、これではまるで使い道がない。

 こうして時が経つこと数週間。レコーダーは結局、タモリ倶楽部を録画するためだけの専用機になっております。贅沢というかなんというか。

 

 

2月25日(木曜) 深夜

 ナチュラルメイクって、薄化粧のことだと思ってました。

 塗るか塗らないかの微妙なメイクのことだと思っていたのだけれど、実はそうではなく、「化粧してなくても地顔でキレイ!」と見られるようにバッチリと精緻なメイクを施す手法のことらしく。へえー、そうだったのか!!

 無着色の野菜と思わせるために、わざわざ着色料で落ち着いた色に仕上げた漬物のようなものか。それとも顔というキャンバスに、フォトリアリズムの肖像画を描くようなものか。

 ちなみにぼくの母は、少量の化粧しか使ってないのに化粧してるのが明らかに分かるという、非常に経済的なメイク手法を用いてました。それがどうしたって話ですが、化粧を化粧としてそのまま表現している点で、ウチの母のほうが真のナチュラルメイクなのかもしれません。

 塗った絵具を「絵具」というタイトルで作品発表するような、メタレベルでのナチュラルさ。「ナチュラル」という言葉が常に表裏反転し続けます。

 

2月24日(水曜) 深夜

 本日の「やらしくないモノ」。

 高校時代に覚えた数少ない歴史上の人物であるオクタビアヌスも、音楽家のドビュッシーも、勿論やらしくありません。

 世の中、やらしくないものばかりです。

 

2月23日(火曜) 深夜

 後輩のI君がここ数日、ずっと発熱が続いてしんどいと言っている。

 おそらく風邪だと思うけれどよく分からないので、とりあえず市販の解熱剤を服用しているとのこと。

 ぼくは個人的に、風邪は解熱剤を飲むと長引きやすいと思っている。たしかに解熱剤を飲むと熱は下がるし、多少楽にはなるけれど、そのぶん免疫活動も抑えられてしまうから、感染症の根治は遅くなるのだ。たぶん。

 ただ、多少長引いてもいいから熱を下げて楽になりたいという人がいたっていいわけだし、どちらを選ぶかは本人の自由である。自分の意見を他人に押しつけるような真似はしたくないので、後輩のI君には上述のような個人的見解を伝えたうえで、こう言い添えておいた。

 「最後に決めるのはI君自身やから。『細く長く』か『太く短く』か、どっちを取るかってことやね」

 しばらくの沈黙の後、「縁起の悪いこと言わないでくださいよ!」と逆に怒られてしまいました。そういうつもりじゃなかったんですがねえ…。

 

2月22日(月曜) 深夜

 「ちょいワルおやじ」って、流行りだと言われる割にあまり遭遇しない。

 それよりも確実に多いのは、「ちょいクサおやじ」だろう。加齢臭をほんのり漂わせていて、文字通りちょっとクサイおやじ。中年男性の8割くらいは該当しそうだから、本当に大流行である。世間のスタンダードと言ってもいいかもしれない。

 まァでも、これって考えてみたら「成人女性には生理が大ブーム!」みたいなことなので、それがどうしたという話ですね。

−−−

 それはさておき、最近ご近所のラーメン屋探索に励んでいます。

 昨日は伏見の名店「はなふく」に行ってみました。この界隈ではよく知られた店で、ジム・ジャームッシュやウィレム・デフォーといった有名外国人がしばしば立ち寄ることで知られていません。

 魚介ラーメン700円。濃厚な節の風味が香りたつ感じで、ここ10年くらいで一番のヒット! くらいに美味しゅうございました。肉厚なチャーシューの柔らかさも絶品で、まるで筋弛緩剤を投与された豚かと思うくらいの素晴らしさ。これでお値段700円というのは、まさに丁度いいの一言に尽きます。

 その後、伏見稲荷の前を通ったら、すずめの丸焼きが売ってあったので一瞬立ち止まったんですが、値段が一串500円もするのでスルーしました。

 これ1本でそこいらのラーメンが1杯食べられるのかと思うと手が止まりますが、五千円で10本一気食いしてみると世界観が変わるかもしれません。

 

2月19日(金曜) 深夜

 冬季オリンピック花盛り。スポーツのことはよく分からないのだけれど、個人的に見るのが好きなのはスキーの滑降や大回転だ。

 カーリングはルールが未だによく分からないし、フィギュアスケートは選手の股間ばかり見てしまうし、モーグルも皆すごすぎて上手ヘタがよく分からない。その点、滑降や大回転はタイムだけ勝敗を決めるという明快さがいい。

 スキーに関しては学生時代にちょこっとやっていたので、選手のスゴさがダイレクトに分かるのがいいのかもしれない。とくに滑降などは、初級者ならターンしながら降りることさえ無理な急斜面を、ほとんど直滑降で滑り降りるんである。まさに狂気の沙汰としか思えないけれど、それをちゃんと制動させつつ滑り抜ける選手を見るたびに、すごいすごいすごすぎる! と、往年の村西とおる監督のような歓声をあげたくなってくるんでありまして。

 …とまァ、このような会話を同僚たちとしていて、やっぱり滑降がいちばん面白い! という意見で盛り上がっていたところ、「そういや大滑降もいいよね」「そうそう、スーパー大滑降とか!」てな話題で盛り上がりはじめた人がいて、ああ世の中の認知度はこの程度のものなんだなァと、脱力しつつ思った本日なのでした。

 滑降がスピード系競技の頂点なのに、スーパー大滑降って。一体どんなことになるのか、想像しただけで怪我人が続出しそうです。

 

2月18日(木曜) 深夜

 パイレックスの容器が欲しくてたまらなくなり、発作的にスーパーの売り場へと駆けつけたところ。

 各容器の用途があまりにも厳密に限定されていて、思わずたじろいでしまった。 左側の小さいほうは「梅干し、きな粉、ティーバッグ」用だし、右側の大きいほうは「コーヒー、ナッツ類、カットわかめ」用。

 いままで梅干などは使用済みのジャム瓶に入れていたし、カットわかめにいたっては開封した袋をそのまま洗濯ばさみで止めていたのだけれど、それはさておいても、だったらトロロ昆布はどこに入れたらいいんだよ!? と言いたくなる。

 ところできな粉って、どこに家庭にも常備されてるんでしょうかねえ。ぼくは自分で買ったことありません。

 

2月17日(水曜) 深夜

 本日の花屋です。

 花屋にしてはあまりにも華がないので、密かに感銘を受けました。これでちゃんと営業中だから、ますます格好いい。「花は見せもんやのうて、売りもんなんや!」という一本筋の通った店なのかもしれません。

 質実剛健なお花屋さん、かなり気に入りました。ほんとうに質実剛健なら、お花など売ったり買ったりしなさそうな気もいたしますが。

 

2月16日(火曜) 深夜

 京セラの本社ビルに行ってきました。

 壁面に設置された巨大な太陽光発電板が付近のランドマーク的な存在になっている。で、ビルの1階と2階はフロア全体が一般客向けのショールームとして開放されていて、そこのブースのひとつが太陽光発電による電力売買の解説になっておるわけでして。

 それはいいのだけれど、電力の売買が「売電」と「買電」で、どちらも「ばいでん」と読むからややこしくて仕方がない。新しい用語なのに最初っから同音。どうしてこんなモッサイことになるのかと、他人ごとだけにちょっと可笑しい。

 そういや「売春」と「買春」がどちらも「ばいしゅん」でややこしいというので、後者だけが「かいしゅん」と呼ばれることがある。これはこれで「回春」を連想させるのでどうなんだろうという気もするが、同じ論法で「買電」だけが「かいでん」と呼ばれているのかもしれない。

 それにしても「買」も「売」も読みが「ばい」なのは、今となっては先人のやっちゃった感満点ですな。おまけに英語の「buy」まであるし。 

 

2月15日(月曜) 深夜

 本日の、あまりにもあんまりな。

 坂本龍馬はまだしも、松下幸之助って。天国の松下さん、「頼むさかいワシの名前で勝手なこと言わんとってくれ!」とおっしゃってそうな気がします。

−−−

 そして本日の調理グッズ。

一見なんの変哲もない金物類ですが。
 
なんとメタリカのカス揚げ! あのヘヴィ・メタル界の帝王、メタリカがついに調理道具もプロデュース!?
 
メタリカのお玉(小)などは、牧歌的になりがちな台所用品にカツを入れる、ヘッドバンガー必須の一品と言えましょう。

 

2月12日(金曜) 夜

 最近、晩ご飯の品数を多くするのが楽しい。

「ニューヨーカー定食」
カレイの煮付け、水菜の煮びたし、ほうれん草の白和え、イワシと豆腐の炊き合わせ。NYのウォール街をイメージしてみました。

 
「好物づくしのサイババ定食」
カレー、自家製餃子、バンバンジー。どれも好物なのだけれど、さすがにカロリーを考えて小皿に。ほんとは全部大皿で山盛り食べたい。サイババと一緒に。
 
「ナパームデス定食」
デスメタルっぽさを意識して、菜の花の煮浸しと白和え、タラコ、ホタテ貝のバター焼という地獄の取り合わせ。ヘイ、スキャンティ着るぜ!!
 
「我が友、シラケ世代よ! 定食」
はてシラケ世代は今どこに?…と思って見回してみるも、いるのかいないのかよく分からず。肉じゃが、サラダ、肉だんご、鶏軟骨煮というこれまたよく分からない取り合わせにて。
 

 品数が多いとどうして楽しいんだろうと胸に手を当てて考えてみたところ、居酒屋っぽいからという明快な答えに至りました。

 

2月9日(火曜) 深夜

 ご近所情報の掲示板で見かけたカキコミ。

 なぜそば屋とうどん屋に天ぷらがあるんだろう? という素朴な質問に対して、「売れるからじゃないか?」とこれまた本質を突いた回答が寄せられていて、思わず微笑ましい気分になったのでした。一見朴訥そうなのに身も蓋もない感じがたまりません。

 そう、王将が餃子を作るのも、トヨタがプリウス作るのも、製薬会社が感冒薬作るのも、葬儀屋がいろいろやってくれるのも。

 世の中、たいていのことは「売れるから」なのだなあと改めて。

 

2月8日(月曜) 深夜

 近所にある「ラーメン荘・地球規模で考えろ」に行ってきました。

目当ての店は向かって右側(青い看板のほう)ですが、その隣もラーメン屋なので、なんとなく気まずい佇まいが伝わってきます。
 
…というのも、「地球規模〜」」は行列が絶えないのに対して、隣の「川藤屋」は行列とはテンで無縁なのでした。
 川藤屋は最近オープンしたばかりなのですが、噂によると、「地球規模〜」に行列ができているのを見た川藤さんが「この地域はラーメン屋が供給不足なんや!」と思って新規オープンしたものの、客足がサッパリでしょんぼりしておられるんだとか。
 真偽のほどは判らないけれど、いまのご時勢、店に行列ができるのは供給不足が理由ではないと思います。
 
ラーメン(650円)。麺は300gが標準なのですが、それほど腹ぺこではなかった身には多すぎて、後半は心底イヤになりながら頂きました。でも焼豚は美味しゅうございました。
 この手のやつは「ラーメン二郎系」と呼ばれるようですが、明らかに炭水化物過多なので、野菜とタンパク質を補いたいところですが…。
 
野菜とタンパク質を補おうとすると、こんなことになってしまいます。豚ラーメン、野菜増し増し。
 
店のトイレ。「頭ぶつけます!」と書かれていますが、ぼくはぶつけませんでした。なぜならば、トイレを利用しなかったからです。
 

 

2月5日(金曜) 深夜

 会社帰りの電車で、向かいに座っていた60歳くらいのおっさんの携帯電話が鳴った。

 電車の中だというのに、車両全体に響きわたるような大声で通話しはじめるおっさん。

 「はァ、もしもし!」
 「ああ、おまえか。あのな、ワシいま電車の中なんや」
 「電車の中やさかい、喋れへんのや」
 「そやさかい! 電車の中やさかいに喋れへんっちゅうとんにっ!!」
 「何回言わすねん、あほんだらァ! 喋れへんっちゅうとんやろがっ!!」
 「ああっ、喋れんもんは喋れんのじゃ! もう切るさかいな!!」(ブチッ)

 こんなに騒々しい通話は久しぶりに見ました。たのむから普通の声で喋ってください。

 

2月4日(木曜) 深夜

 こういうことはしたくないなァと改めて思ったこと。 

 生きる気力を人から奪うのは、得てしてこういうことの地道な積み重ねであるような気がします。

 

2月3日(水曜) 深夜

 節分なので、夕食に牛肉ともやしとブリと菜の花と明太子と豆腐をいただきました。

  鬼は〜外! 福は〜内!!

 いわしですら嫌いという偏食家な鬼のこと、牛肉とかもやしとかブリとか菜の花とか明太子とか豆腐とかは、いずれも大嫌いにちがいありません。鬼が好きなのは小松菜くらいだと聞いていますから、なるべく多くの品目を食べるほうが効果的だと思います。

 ちなみに、酒は鬼も好きそうなので飲んでません。その代わりに、鬼が嫌いそうな発泡酒を飲みました。

 

2月2日(火曜) 深夜

 近所のスーパーで見かけた、本日の必勝アイテムです。

 ドーナツメンチカツ(勝つ)「受カレー」(ドーナツ型でさらによく通る)。

 …よくもまァ、ここまでゲン担ぎ(というかゴロ合わせ)を考えたものだと思うけれど、半額シールを貼られたのが大量に残っていたところを見るかぎり、売れ行きのほうは今ひとつだったようで。半額になって興味を示しているのは主に、独り暮らしっぽいオッサンたち(ぼくも含む)でした。

 こうなったらバイトを雇って、店頭販売でもしたほうがいいかもしれません。

 「ボクたち、これでハーバード大学に受かりました!」

 なんでハーバード大学の学生がこんなスーパーで店頭販売してんだよ!? と訝られそうですが、そこはがんばってホンモノの学生を雇い、「受カレーを摂取した受験生のほうが合格率が有意に高い」という統計的エビデンスをもって売ってほしいところであります。半額で。

 

2月1日(月曜) 深夜

 いつもせっけんシャンプーを使っているWさんという知人(女性)がいる。

 Wさんによると合成シャンプーよりもせっけんシャンプーのほうが頭皮&毛髪に優しく、実際、美容師さんから「健康でキレイな髪ですね」と褒められることも多いらしい。で、どうやって手入れしているのか訊かれて、正直に「せっけんシャンプーを使っている」と答えると、美容師さんからは決まって同じ答えが返ってくるんだという。

 「せっけんシャンプーは髪を傷めるからダメですよ!」

 さっきまで褒めていたくせに、いったい何なのよ! というのがWさんの弁。たしかにその通りで、結果がいいんだったら万事OKだと思うのだが、美容師稼業をしていると、どうしても自分たちの常識で判断してしまうのだろう。

 結果はよくてもプロセスがダメ。これって、音楽を聴きながら勉強して東大に現役合格した受験生にむかって、「音楽聴きながら勉強してただって? いくら東大に受かっても、そんなのダメよ!!」などと説教するようなものではないか。

 ちなみに、ぼくもせっけんシャンプーを使ってるんですが、ハゲは着実に進んでおります。普通のシャンプー使ってたら、もっとひどいことになっていたと思うことにします。

−−−

 そういや、頭にはシャンプー、顔には洗顔フォーム、体にはボディソープ、手にはハンドソープと、ご丁寧にすべて使い分けている人にときおり出会う。

 すべて石鹸でやっつけてしまうぼくなどからすると、よくもここまでご丁寧に…と尊敬してしまうのだが、考えてみればどれも界面活性剤がベースなのだから似たようなものじゃないの? とも思ってしまう。それに、顔と体のあいだにある首などはいったいどっちで洗うんだ!? と余計な心配までしてしまう始末。

 まァ、こういう細分化はおおかたメーカーの販促戦略だろうけれど、だったらもっと細分化すればいいのに。

 こういう商品が店頭に並んでいたら何の疑問も抱かずに買えるような、そんな人になりたいものです。

 

1月29日(金曜) 夜

 ニュースや新聞を見ていると、悪いことが毎日のように起こっているような気がしてくるけれど。

 世の中のほとんどのことは、昨日も今日もとくに変わりなく経過している。でも、「いつもと変わりありません」ではニュースとしてのインパクトに欠けすぎて報道されないから、悪いことのほうが多いような錯覚に陥るんではないか。

 これだけテレビのチャンネル数も多くなった現在、いつもと変わりのないことを報道するようなニュースがあってもいい気がする。

 たまにはこういう牧歌的なニュース番組も見てみたい。変わったことばかり報道する番組よりも真実に近いと思うんですが、どうでしょうかねえ。

 

1月28日(木曜) 深夜

 本日のバーです。

 "BAR"と書いてあるけど、これって本当にバーなんだろうか。傍らにタコの絵が描いてあるのも、関係あるのかないのかまったく分からない。一度入ってみたいのだが、どうしても勇気が出ない。

 昼間だから店の外観が見えすぎていけないのかとも思うが、だったら夜なら入れるのかと言われると、ますますダメそうだと答えるしかない。

 こんな店構えで本当にバーをやっていても怖いけれど、バーじゃなくて単なる民家だったらもっと怖いかもしれません。

 

1月27日(水曜) 深夜

 「あいつ、ものすごい微笑んでましたよ!」

 こう言ってきたのは同僚のA君だった。

 どうして彼の口からこんなセリフが発せられたかの詳細は割愛するけれど、ここで思ったのは「ものすごい微笑んで」いたというのがどういう状態なのかということ。微笑むというのは文字通り、微かに笑う行為であって、これがものすごくなったら「ものすごく微かな笑み」になりそうだが、A君の口調からするとそういう風ではなく、あくまでも「強烈な微笑み」であるようなのだった。

 はたして、こういった表現はあり得るんだろうか? 

 どれもこれも、すごいのかすごくないのか今ひとつよく分からないではないか。

−−−

 今になって考えてみると、A君が言いたかったのは、「あいつ、ものすごい(長いあいだ)微笑んでましたよ!」という意味だったのかもしれない。これなら意味は通じるけれど、大切な修飾語を省略してしまってはダメだろう。

 ちなみに、ぼくのなけなしの文法知識によれば、「非常に」や「最も」といった類の副詞は修飾語の前に位置すべきものであって、そのまま動詞をつなげてはいけなかったハズ。なんとなれば、「非常に」もしくは「最も」どうなのかが分からないから(とかエラソーに書いてますが、合ってますかねえ?)。

 たとえば…

×:「彼は非常に飛んだ」  ○:「彼は非常に早く飛んだ」 「彼は非常に遠くまで飛んだ」
×:「彼は最も走った」  ○:「彼は最も早く走った」 「彼は最も遠くまで走った」

  こんなおっさんじみたことを今さら言いたくないけれど、それでもこうやって書いてしまうところに、我がミドルエイジを感じる昨今であります。

 

1月26日(火曜) 深夜

 近ごろ音楽をあまり聴かないせいか、スーパーや家電量販店の店内メロディーが頭に浮かんで離れないことが多くなってきた。

 たとえば国道を自転車で飛ばしながら、気がつけば鼻唄を歌っているのだ。

 「♪だったらコーナン、だったらコーナン、コーナンだったらこーなんだ〜、コーナンだったらこーなんだ〜」

 ホームセンター「コーナン」の店内BGMである。こんなものをどうして歌わなくちゃならないんだ!? …と我に返ると思うものの、そのときはすこぶる上機嫌で歌っているのだから世話なしである。

 あるいはスーパーから帰る道すがら、独りでトボトボ歩きながら口ずさんでいたりもする。

 「♪こんにちは、この一言で、心と心が通じあう〜 今日もこの街、KINSHOスト〜ア〜」

 幸い誰ともすれ違わなかったからよかったようなものの、まかり間違って知人に聞かれでもしたら一巻の終わりである。そもそも、「こんにちはの一言で心が通じあう」なんていう歌詞など、中学生の頃の自分でさえ鼻で嗤っていたはず。メタリカやメガデスが大好きだった当時のぼくが、将来の自分がこんな歌詞を口ずさんでいると知ったら、生きる気力をなくしていたかもしれません。

 そして本日。職場のトイレでジョッ、ジョッと小用を足しながら、気がつけばささやいていたのでした。

 「♪ジョッ、ジョッ、ジョッ、ジョーシン ジョッ、ジョッ、ジョッ、ジョーシン ジョーシン ジョージョー 気分上々〜」(JOSHINの店内BGM)

 自分の人生がすでに終焉を迎えていたことに気づいて、今さらながらハッとしております。

 

1月25日(月曜) 深夜

 週末はこんな感じにて。

京阪中書島駅にて。龍馬に感謝、初詣に感謝。私たちはさまざまなものによって生かされているわけですから、森羅万象に感謝しなけばなりません。便座に感謝、サランラップに感謝。
 
土曜日の夕食。これらをアテにしながら、剣菱(上選)の一升瓶を空けたら、ひっくり返りました。最近、小品をちまちま調理するのが楽しくて仕方がありません。
 
翌日、二日酔いの頭を抱えながら近所を散策。伏見・京町通りにはこんな踏み切りがあります。斜交していてカッコイイですが、自転車だと路線の溝にタイヤがはまりそうになるから要注意。
 
夕刻、観月橋付近の近鉄の鉄橋。いわゆるFUZEI写真ですが、これ鉄橋マニヤの間では有名な橋なんだそうで。この長さで橋脚がないのは、現在の建築基準法では建てられないそうです。
 
日曜日の夕食。トマトソースとレッジャーノのパスタ、人参の洋風なます、プレーンオムレツ。これで白ワイン1本、赤ワイン1本を空けて、なんとかひっくり返らずにそのまま寝ました。
 

 

1月22日(金曜) 夜

 本日のウーロン茶。

 黒烏龍茶が99円とは安い! …と思って見てみたら、実はふつうの烏龍茶で、単にラベルが黒いだけでした。おまけに商品そのものには「黒」の字も「ブラック」の字も書いてない。

 なんと姑息なポップだと思ってしまうけれど、こういうのを買う人は最後まで黒烏龍茶だと思い込んで、脂肪の吸収が減ってありがたやと飲んでいるかもしれない。プラセボ効果で意外と本当にダイエットできてしまうかもしれません。

 「破格商品を見かけたら、まずその理由を考えるべき」というのは、明治天皇の有名な言葉です。うそですが。

 

1月21日(木曜) 深夜

 自分がいかに低姿勢であるかを職場で自慢していた本日。

 調子に乗って「ぼくなんか、まさにキング・オブ・低姿勢ですよ!」などと口走っていたら、「自称・キングオブ低姿勢の男」というありがたい称号を同僚たちから頂戴することができました。

 自称キングの名に恥じることのないよう、今後は一層猛烈な低姿勢を心がけようと思います。いつか「低姿勢界の竜王」の座を奪取することを夢見て。

−−−

 …といった高邁な話はさておき、玄米食べるとお通じがよくなるのを通り越して、うんこが草食動物のフンみたいになることを発見。

 いつも同じようなうんこでつまらない! もっといろんなうんこをこいてみたい!! という探究心旺盛な好事家におかれましては、玄米は一食の価値アリと言えましょう。色も香りも質感も、これまでにないようなものが出てきますので。

 たった一度きりの人生、似たようなうんこばかりこいてていいのかい? …と提言したくなるけれど、逆に言えば、そういう人たちは似たようなうんこしかこいてなくても大丈夫なくらい生活が充実しているということなので、いずれにしても素晴らしい人生だと思います。

 あ、玄米はよく噛まないと河川の富栄養化を招く可能性があるので、十分に咀嚼してご自身の体内にて富栄養化してくださいますようお願いいたしま。

 

1月20日(水曜) 深夜

 当方、まったくといっていいほど音楽に疎い人間でありまして。

 もちろんビートルズなども、学生時代にCDレンタルでベスト盤を2〜3枚借りてMDに録音したことがある程度という、心底どうでもいい感じの典型例でして。どれだけどうでもいい感じかというと、数年前まで「ザ・ビートルズ」とザをつけて音読していたほどです。

 そんなぼくが本日、職場のパソコンでたまたまビートルズの"Come together"を聴いていたところ、同僚のA君から耳を疑うような言葉が発せられたのでした。

 「えっ、その曲ってビートルズ? 俺、結構ビートルズファンなんやけど、聞いたことないわ! ひょっとして未発表曲!?」

幻の未発表曲?

 すっかり興奮気味のA君に対して、これは未発表曲ではなく既に発表されている曲であること、むしろ代表曲のひとつだろうことを伝えると、「えー、マジ!? おまえ詳しいなァ!!」と尊敬されてしまったのでした。

 一瞬、「ビートルズファンで Come together も知らないなんてモグリやでっ!」と返答しそうになりましたが、よく考えたらこんなこと言うのもオカシイので、笑いがこみあげてくるのをこらえながら静かに微笑むにとどめておきました。

 それにしても、モグリって言葉、こういうときに使ってもいいんでしょうかねえ。

 「上杉謙信の名を知らぬ戦国武将オタクはモグリである!」

 あまりにも当たり前すぎることって、なんだか新しい雰囲気があるもんだなあと改めて。

 

1月19日(火曜) 深夜

 同僚のNさんは目覚まし時計を5つもセットしているらしい。

 当初は2つだったらしいが、無意識のうちに両方とも止めて寝過ごしてしまったことがあって以来3つになり、それでも全て止めてしまって4つになり、それでも……というプロセスを経て、現在の5つに落ち着いているんだとか。

 それでも先日は5つとも止めていて、危うく寝坊しそうになったというからすごい。普通に考えれば、無意識のうちに5つの時計を止めるなんて無理な芸当だと思うのだが、それをいとも容易くやってしまうところはさすがのNさんである。寝ぼけながら時計を止める操作を繰りかえしているうちに、無意識裡の「学習」によって上達してしまったのだろう。

 6つめの目覚ましを買おうかどうか画策しているNさん、そんなことしてたら仕舞いには何十個の時計に囲まれる生活になってしまいますよ! おまけに、目覚ましを止めるために30分くらい夢遊した挙句、再び寝てしまって遅刻とか。

 ちなみにぼくは、目覚ましを2つしかセットしないんですが、2つ目はベッドから歩かないと解除できない場所に置いております。今までこれで大丈夫だったから、今後もこの方法で臨む所存です。

 でもNさんにおかれましては、目覚ましの数を増やしていくので今までダメだったのだから、今後は違う方法にしたほうがいいと思います。

 

1月18日(月曜) 深夜

 昨日は誕生日だったので、長年の憧れだった玄米を買って食べました。

セルフ誕生日祝いのスペシャルメニュー

 玄米って粒が固いから食べるのに苦労すると聞いていたけれど、実際に食べてみたら白米とあまり変わらない感覚でした。それでいて風味は濃厚、これは塩振っただけでも美味しく食べられそうです。

−−−

 …みたいなことを書いて、自然食・健康志向に目覚めたと思われるのも癪なので、本日はハイカロリーのジャンボ白米オムライスにて。白米1合、デミグラススソースたっぷり、バターもたっぷり、たまご3個使用という、まるでセルフ・フィーダーのような悪魔メニュー。

玄米の健康さを完璧に返上!!

 こういう自分への照れ隠しだけは、譲れないところとして大切にしてきたような気がします。

−−−

 そういや、こういう所謂ふわとろオムライスって、世では「たんぽぽオムライス」と呼ばれているそうで。最近まで全然知らなくて、たまたま知人と話していて分かったのでした。

 ぼく:「ふわとろオムライスって、失敗率が低いからええよね」
 相手:「あー、あの逆オムライスのこと?」
 ぼく:「そうそう、チキンライスのうえにオムレツ載せて、切って中身を出すやつ」
 相手:「あれって、たんぽぽオムライスって言うんでしょ」
 ぼく:「へ? なんで!?」
 相手:「伊丹十三の『たんぽぽ』って映画の中で出てくるんやけどね」
 ぼく:「うんうん」
 相手:「盛り付けたチキンライスのうえに乗っけた黄色いオムライスにナイフ入れて、パァーッと開くシーンがあるねん」
 ぼく:「なるほど! 黄色いオムライスがパァーッって開くから、たんぽぽオムライスなんやっ!!」
 相手:「……映画のタイトルが『たんぽぽ』やからやと思うけど」
 ぼく:「うわあっ、確かにそうかも! これは一本取られました!!」

 莫迦は最も身近なところに実在するのだと、改めて感じた一件です。

 

1月15日(金曜) 深夜

 本日の「だめどすえ!」。

 「許しまへん、振り込め詐欺。その振込み、だめどすえ!」

 この手の防犯キャッチコピーは、大阪府警の「チカン、アカン!」が有名だけれど、近年京都でもよく見かけるようになった。

 ただ、どういう効果を狙っているのか今ひとつ不明である。日常的な会話調にすることで訴求力を高めようとしているのかもしれないと思うが、いまどき「〜どすえ!」なんて言葉を使うのは京都でも舞妓はん、芸子はんくらいのものだろう。日常性を重視するなら、キャッチコピーは次のようになるはずである。

 「許さへん、振り込め詐欺。その振込み、アカンて!」

 なんだか気が抜けるように感じるのはぼくの思い過ごしだろうか。

 もしかすると、犯罪防止という重くなりがちな文面を、古風な京ことばを用いることで柔らかくしようとしているのかもしれないとも思うが、だったら振り込め詐欺みたいな中途半端な犯罪ではなく、もっとヘヴィーなものにこそ、この手法を当てはめるべきだろう。

 「許しまへん、強姦殺人。その殺人、だめどすえ!」
 「許しまへんのや、無差別テロ。そのテロ、あかん言うとりますやん!」
 「許しまへんさかいに、営利誘拐。その誘拐、ちょっと待ちなはれ!!」

 …こうして考えてみると、犯罪を企てている人に肩すかしを食らわせる効果があるもかもしれへんですな。

 

1月13日(水曜) 夜

 ぼくが新しい服を買うと、同僚の皆がすぐに気づいてくれる。

 「名倉さん、そのカーディガンって初めて着てきました?」
 「この時期だから、ひょっとしてバーゲンっすか(笑)」

 こういうのは自分ごときにも多少の関心を持ってくれているようで決してやぶさかではないのだが、逆にぼくは同僚の服装などあまり頓着していないから申し訳ない気分になってくる。みんなオシャレにしているなあ、たくさん洋服を持っているなあと思うばかりで、どれが新しい服かなど見当もつかないのだから。

 …というようなことを先日、感謝と謝罪の両意を込めて同僚に打ち明けたところ、こんな答えがかえってきたのでした。

 「いや、関心とかっていうより、名倉さんって滅多に服買わないじゃないですか? だからすぐ分かるんですよ」

 世間のご婦人たちにおかれましては、「デートに新しい服を着てったのに彼氏が気づいてくれない!」「床屋でカットしたのに彼氏が気づいてくれない!」といった不満をお持ちの向きも多いようですが、数年に一度しか服を買わない、数年に一度しかカットしないという風にすれば、ほぼ100%の確率で彼氏に気づいてもらえると思います。

 この道を極めれば、お風呂に入ったことにだって気づいてもらえるようになりますぞ。

 「もしかして最近、風呂入った?」

 

1月12日(火曜) 深夜

 本日の使用前・使用後。

 あまりの効果に思わず笑ってしまったんですが、これはスゴい。

 こういう写真って普通、モデルの顔をフォトレタッチで美白したり、シワを消したりしていると聞くけれど、今回のやつはどう見てもそれと逆である。おそらく元々は綺麗なモデルさんの顔を思いっきりいじって、汚くしたのを「使用前」にしている っぽい。で、どんどん元に戻していって「使用後」にするト。

 小学校の頃によくやった「らくがお」と同じパターンだ。レタッチするの、すごい楽しそう!!

 

1月11日(月曜) 深夜

 連休中は愉快な仲間たちが我が家に来てくれたので、昼間から愉快に飲み呆けてました。

 食べ物も自作したものだけでなく差し入れが充実していたため、かなりバラエティに富んだメニューに。憶えている範囲だけでも、ラザニア、ボロネーズスパゲティ、カルボナーラ、アボカドとトマトの和え物、トマトのマリネ、パプリカのマリネ、野菜のピザ、フルーツサンド、うなぎの蒲焼という構成。この中で一番おいしかったのは結局、うなぎの蒲焼でした。

 仲間のひとりから「能古見「」大吟醸という美味しい日本酒が差し入れられたので、後半はひたすらフルーツサンドを肴に冷酒をあおるという、酒蔵の人が聞いたら憤死しそうな飲み方にてパーティーは進行。そして気がつけば翌朝、自室のベッドにて二日酔いの頭痛で一人目覚めるというお決まりのパターン。

 自宅での飲み会は、終電なくして路頭に迷うことがないから本当に気楽です。今後はなるべくウチで飲み会することにしよう。

−−−

 二日酔いで昼過ぎまで寝た本日の昼食は、最近いちばん好きかもしれないラーメン屋、桃山御陵前「大中」にて。

 濃厚な豚骨スープがたまらないだけでなく、キムチや温泉たまごといったトッピングがすべて無料! これでラーメン(並)が500円という良心的な価格設定だから、二日酔いでなくても足を運ぼうというものです。

 ちなみに今日は、二日酔いでしんどい自分をいたわる意味で、ラーメン(並)ではなく、ワンランク上の大中ラーメン(並)600円にしました。自業自得なのにこうやって甘やかすからいけないんでしょうか。

 

1月8日(金曜) 深夜

 本日採取した「わるい矛盾」と「いい矛盾」。

<わるい矛盾>
 「キミねぇ、どうして物事をそんなに被害的に受け取るわけ!?」
 「す、すみません! 私の受け取りかたがおかしかったんです!」

<いい矛盾>
 「キミ、自分のことを人に分かられるのが嫌だったりするでしょ?」
 「そ、そうなんです! よく分かってくださいましたね!!」

−−−

 交通事故の多発することで有名な交差点が近所にある。

 ずっと地元に住んでいる人によると、本当に頻発しているらしく、自動車の接触や衝突だけでなく、自転車や人の巻き込まれ事故も後を絶たないのだという。視界が悪いうえに信号が付いていない交差点だから、言われてみると確かにそんな気がしてくる。

 そして、それを裏付ける看板がこれ。

 当初は交差点に設置されていたのだが、度重なる事故のためボロボロになり、こうやって脇に置かれているという次第。こらホンマに恐いわ!!

 世にあふれる「交通事故に注意」的な看板も、ボッロボロになって血糊とか毛髪とか付着しているようなのにすれば、もっと効果が上がるかもしれませんな。

 

1月6日(水曜) 深夜

 携帯電話でネットをする習慣がないので、基本料金が格安のプランを選んでいる(そのかわりネットの通信料がベラボウに高い)。

 で、店員からも「ネットは絶対にしないほうがいいですよ」と釘を刺されていて、やはりそんなに貧乏そうに見えるのか、まあ昨今の店員は人を見る目があるなァくらいに思っていたわけですが。

 先日ツタヤに行ったら、携帯で半額クーポンを呈示したらレンタル料が半額になるというのをやっておりまして。半額モノに弱いぼくはついついその場で携帯からネットにつないで、クーポン画像をダウンロードしてDVDを2枚レンタルしたんですが、後日、通信料が千円くらいかかっていたことが判り、ああ生き地獄とは正にこのことじゃと、すっかり肩を落としていたのでした。

 400円ほど得して千円損する。

 こういうときこそポジティブシンキング! …ぼくなどはお金があってもきっとロクなことに使わないので、減ってよかったと思うことにします。

 本当にこんなこと思ってたら頭わいてますけどね。ああやっぱり地獄、すなわちヘルやわ(「ヘル」と「減る」をかけてることは内緒にしておいてください)。

 

1月5日(火曜) 深夜

 百貨店のバーゲンでバスタオルを買った。

 今回はいよいよ、本当のバスタオルサイズのタオルである。それがなんと700円! 生地もそこそこいい。

 ただ、唯一の難点はレノマのブランドであること。

 ぼくらが中学〜高校生くらいの頃は、レノマのハンカチとか財布とか持っているのが一種のステイタスだった。それが次第に微妙な地位へと追いやられ、気がつけばトイレマットやらスリッパやらのイメージになっていて、昨今ではちょっと恥ずかしい印象さえあるブランドに落ち着いてしまった感 がある。

 いま誕生日にレノマの腕時計なんかをプレゼントされたら、さすがに困るという向きも多いのではないだろうか。

 ただし、百貨店に並んでいる品だけあって布地の質はいい。バスタオルサイズだとスーパーやホームセンターでも800円くらいするけれど、それよりも品質がいいから、明らかにお買い得なのだ。やはりブランドのせいで安くしないと売れないのかもしれない。

 ちなみにレノマの公式サイトを見てみたら、ブランド解説が「トレンディー」でまたシブい。こんなに横文字が多い文章、久しぶりに見ました。 いいなあ。とくに「アップグレードなコモディティファッション(日常着)」のくだりなど、いったんカタカナ英語で書いてから日本語訳をつけてるあたりがたまりません。 日常着なのに。

『U.P renoma』は、60年代パリで誕生し、70年代日本でのデビューとともにファッション界の話題をさらったレノマパリスのディフュージョンライン。ヤングマインドを持ち続ける人のために、アップグレードなコモディティファッション(日常着)を提案します。
 ベーシックなスタイル『Uniform』を基本に、『Prestige』ワンランク上をめざす『U.P renoma』の魅力は遊び心、パリのエスプリといったレノマ・ブランドのエッセンスがデイリー感覚にこなされ、フレンチテイストやトレンドがスパイスとして表現されていること。良品質、高感度、値頃感をかなえた、時代が求めるバランス感覚を持ったブランドです。
<http://www.young.co.jp/category/brand/b_up_renoma.html より転載>

 こんなレノマが一周して、むしろ質実剛健。これは当方のためにあるようなブランドだと思うので、これからもレノマを愛用し続けます!

 

1月4日(月曜) 深夜

 地方名産の調味料にはおいしいものが多い。

 たとえば九州の柚子胡椒なんかは絶品だし、九州といえば博多の明太子マヨネーズも病みつきになる旨さである。

 で、新年会の席にて「アレも美味しい、コレも美味しい」という話で盛りあがっていたとき、そういえば越後妙高の調味料にも大好きなやつがあったのを思い出したのだった。

 「そういやぼく、せんずりって大好きなんですよ。知ってます?」

 その途端、なぜか皆黙りこくってしまって。ありゃ、ちょっとマイナーすぎたかな? …と考えていたとき、うわわ! と我に返ったのでした。口がすべって間違えてもうた! ぼくが言いたかったのは「せんずり」とちごて「かんずり」やがなっ!!

 「か、かんずりやったっ!」と慌てて弁明するも、一度おかしくなった場の雰囲気はなかなか元に戻らず。女性陣からは「どうしようかと思ったよ」とため息をつかれ、いやまァせんずりも好きなんだけどねぇ…などと心の中でつぶやきつつ、ひとしきりかんずりの話題にて盛りさがったのでありました。

 ちなみにかんずりというのは、唐辛子と柚子、塩、こうじを漬け込んで作られる辛旨調味料です。せんずりというのは、陰茎を自ら摩擦等することによって快感を得て、己を射精へと至らしめんとする行為です。

 いずれも根強い人気があり、この点においては似たようなものですが、社会的には両者似て非なるものという認識ですので、言い間違えには注意が必要なようです。

 

1月2日(土曜) 夕方

 皆さま、新年明けましておめでとうございました。

 元日は実家に帰ってたんですが、年に数度の一家揃っての夕食というイベントに30分弱遅刻して実家に到着したところ、ぼく以外の家族全員がすでに夕食を終えてめいめいの部屋でテレビなどを見ているという、かなりクール! な感じでとても涼しく清々しい気持ちになることができました。

 せっかくなので実家で撮った写真でも。

実家の正月料理。子どもの頃はどれもあまり好きでなかったけれど、海老、ゴマメ、ごぼう、棒だら、竜飛巻き、はまぐり、かまぼこ…どれもどれも日本酒に超ピッタンコで、ぐいぐい酒が進みます。といっても元日早々、一人酒だったわけですが(上述の通り、家族はみんな夕食を終えて部屋にこもってたもので)。
 
我が家の雑煮。京都風の甘い白味噌に、丸餅とセレベスを入れるのが母の伝統なんだそうです。母いわく「セレベスの入ってへんお雑煮なんてお雑煮やおまへん!」。
 
冷蔵庫の取っ手に妙なモノが出現していたので何なのか母に尋ねてみたところ、「ついつい料理で汚れた手で取っ手を握ってベトベトにしてしまうから、まずここを触って汚れをとるんや。どや、ええアイデアやろ?」とのこと。これってフキンをかけておいたら済む話なのでは…と思うも、プライド高き母の性格を鑑みて、「へーすごいね」と答えておきました。
 

 たまに実家に帰ると、いつも新たな発見があります。

 

12月30日(水曜) 深夜

 銀杏を焼いて酒の肴にしたりと、休日らしさを満喫しております。

 …と、ツイッターぽく。やってみたいけど面倒なので、けっきょくHTMLで更新。

−−−

 休日もスーパーだけは日課のように3ヶ所をめぐっている。

 週に6日は足を運んでいるから、1週間でのべ18店のスーパーに通っていることになる。ちなみに同僚や友人に訊いてみても、せいぜい週に2〜3回という回答ばかりで、あまりの少なさに愕然とするばかりである。そんなことで人生楽しいのかい? と言いたくなるが、きっと人生幸せだから、スーパーなんぞに日参しなくても精神的に不安定にならないのだろう。

 まァそんなわけで、3ヶ所のスーパー巡りを日々欠かさず励行しているのだが、ずっと通っていると自ずと、各店の特徴が見えてくる。

 真ん中のF店は取り得が乏しく、目当てはパンの特売日とゴマだけである。パンの特売日といっても月に数回しかないし、ゴマを買うのも月に一度程度なので、毎日フラッと入っているものの、実際に買い物するのは月に二回程度である。

 「毎日、特売コーナーをぐるっと一周してはそのまま店を出て行く。ときどきゴマを買う」

 こんな客であるぼくは、店員から名物的存在になっているのかもしれないなとたまに思う昨今。どうか自意識過剰であってほしい。

 

12月29日(火曜) 夜

 仕事納めで休みに入って以来、毎日のように忘年会状態で更新できませんでした。

−−−

 昨日やってきた友人たちは、新居祝いにこんなワインをプレゼントしてくれた。

 一瞬何かと思ったけれど、ボトルにネームを入れて贈答するというサービスがあるらしく。中身のワインのほうも相応に高級で、合計8千円くらいかけてオーダーしてくれたとのことで、まったく嬉しい限りであります(ちなみに友人は「ナグラって呼び捨てですみません」と謝罪していたけれど、「NAGURA−SAN」なんていうボトルも妙なので、これでいいと思いますよ)。

 で、忘年会も佳境に入った頃、このナグラワインが開封されてみんなで飲んだわけなのだが、ぼくなどはこのワインと知らずに飲んで、「うーん、このワインあかんわ。やっぱり千円少々は出さんと美味しくないね」などと失礼千万なことを言っていたらしいからお恥ずかしい。

 普段千円くらいのワインしか飲まないから、いきなり8千円のワインなんか飲むと違和感があるんです。はい。

 

12月25日(金曜) 深夜

 駅の改札を出たところで、見覚えのある後姿を見つけた。

 近づいてみると、どうやら職場の後輩女性のMさんっぽい。でも、周囲は暗がりでよく分からないし、下手に声をかけて他人の空似だったら恥ずかしい。うーん、どうなんだろう。

 …と思ってしばらく凝視していたら、突然こっちを向いた相手から「ヒャッ!」と目をひんむいて驚かれ、直後、「…ああっ、名倉さんじゃないですか!」と再び驚かれて。

 「男の人が暗がりからジッとこっちを見てたもんだから、てっきりヘン…、いや、びっくりしちゃって」

 ヘン…って、ちょっとちょっと。それ、変態か変質者のどっちか言おうとしたでしょ? で、あわてて言葉を飲み込んだでしょ?? もしかしたら変死体と言おうとしていたのかもしれないけれど、それはそれでショックなので可能性ゼロとして。

 でも変態か変質者だったら、変態のほうがまだいいかな。仲間多そうだし。

−−−

 毎週ひっそり更新している「貧乏レシピ」ですが、読者の方からのご指摘で、お恥ずかしいことが発覚しました。

 まったく同じ写真とメニューで、二度書いてます(下記リンク参照)。

 「元祖ポテトサラダ」

 「基本のポテトサラダ」

 元の写真は同じだけれど、トリミングが微妙に違っていたり、あとキャプションの文章も似てるけど違う。自分でも意識しないまま、同じネタでレシピを書いてしまったという、前代未聞のポカミスです。でも、同一人物が書いているだけあって、文面は似ています。

 材料費なども微妙に違ってるし、つくづくイイカゲンなことよと我がことながら痛感します。すみません。

 

12月24日(木曜) 深夜

 そういや記憶力なんかも、すぐれているほうがいいというのがコンセンサスになっておりますが。

 記憶媒体に刻まれたデジタル情報は半永久的に消えることなく、この世の中に残り続ける。こう考えると我々の頼りない記憶よりもずっと頼もしく思えるけれど、まったく劣化しないまま残ることが、逆に非人間的だなァと思うことも多い。

 たとえばネットの情報なんかがその典型だろう。

 ぼくがこの「ホームページ」を立ち上げたのが11年くらい前で、当初は本名フルネームをそのまま載せていたのだけれど、就職やナンやで本名を出すのが憚られるようになり、9年前にすべてペンネームに置き換えた。ところが9年経った今でも、本名で検索すると当時の情報がたちどころにヒットしてしまう。

 ホームページくらいならまだいいが、犯罪をおかして本名がババーンと公表されてしまった人などは、それこそ可哀想である。なにしろ、何年経っても本名を入力するだけで、過去の犯罪が白日の下にさらされてしまうのだ。ここに「人の噂も七十五日」という寛容さはみじんもなく、デジタル情報としてひたすら無機質に存在し続ける。

 そういやずいぶんと前、某病院の男性医師が女子更衣室に忍び込んで逮捕された事件について、当該の新聞記事をこの日記に引用してアレコレ書いたこところ、数週間後にその男性医師本人から、「お願いですから新聞記事の中の本名部分は削除していただけないでしょうか…」という旨のメールが届いたことがあった。

 新聞引用をネットに掲載するのは許容されていることだけれど、ネットに書くということは、そのままデジタル情報として半永久的に残り続けることを意味するのだった。このことに気づいて、男性医師の本名は慌てて削除したものの、なんとなく後味の悪さが残ったのを今でも憶えている。

 さらには、知人の知人が少し前にウィニーがらみで個人情報が流出して大問題になったことがあり、その当人の名前もいまだに検索エンジンで一発ヒットしてしまう。ほんとうに可哀想だと心から思う。

 人々の生活に密着しつつある検索エンジンにおいては、より人間的なインターフェイスとして「忘却力」を導入し、一般市民の人名などは時とともにおぼろげになっていくようなアルゴリズムを組んでいただきたいものだよなあ、などと思う昨今。メリークリスマス!☆

 

12月23日(水曜) 夜

 同じ値段だったら、たくさん入っているほうがいい。

 当たり前の話である。同じ値段で買うんだったら、お菓子でも野菜でもなんでも、たくさん入っているほうがいい。どうしていいかといえば、たくさん入っているほうが得をするから。いよいよもって当たり前である。

−−−

 …と、ここで日記を終えて前衛的な感じにしようかとも思ったけれど、これだけだとあまりにもあんまりなので続きを書くことにします。

 このようにまァ、ゴミ以外のたいていのものは、たくさん入っているほうがいい。酒やタバコについても、同じ値段ならアルコールやニコチンがたくさん入っているほうを選んでしまい、そのぶん健康を害している気もするのでちょっと複雑なのだが、やはりたくさん入っているほうがいい。

 そんなわけで今まで、多いことはいいことだと信じて疑わず、5つ買ったらおまけでもうひとつ付いてくるという風な特典も大好きだった。ところが先日、こんな価値観が逆転するかのような話を聞いた。

 ある彼氏が彼女に「誕生日には君の年齢の数だけ花を贈るよ」と言って、それを実行した。すなわち彼氏は、花屋でバラを27本買って誕生日当日に彼女宅へ配送する手続きをとったのだが、誕生日当日、花が届いた彼女から「どういうつもりよっ!?」激怒された。おかしいと思って花屋に問い合わせてみたところ、花屋いわく「たくさんお買い上げいただいたんで、おまけで3本ほど多く入れさせてもらったんですが…」。

 ずいぶん前に外国で実際に起こったエピソードらしいけれど、多いのがいいことだとは全然限らないんですねえ。

 

12月21日(月曜) 深夜

 そういや先日の忘年会(の一次会)では、幹事さんの企画でゲームみたいなのが行われた。

 まずは参加者全員(15名程度)に100円玉が配られ、みんな席についてくださいとのアナウンス。いったい何が始まるんだろう? きっと手品かな? などと話していたら、こんどは隣席の人同士がじゃんけんをして、勝者が敗者から100円玉をもらうようにとの指示が。

 で、勝者はさらに勝者同士でじゃんけんをして、最終的に勝ち抜いた一人が全額の1,500円程度をもらえるというわけだったのだが、参加者の多くが最後まで手品だと勘違いしていて、最終勝者の手に渡った1,500円がいつ消えるんだろうと、そればかり気にしていたのが可笑しかった。

 なにしろ、10分おきくらいに「さっきの1,500円見せてくださいよ〜」と誰かが尋ねているんである。それでも一向に消えも隠れもしないお金に業を煮やしたのか、しまいには「最後の最後に財布ごと消えるんじゃない?」というムチャな説まで流布しはじめる始末。

 もし財布ごと消えたら、それは単なる窃盗である。

 

12月20日(日曜) 深夜

 我が家での忘年会はなんとか無事終了。

 気がつけば自室のベッドで普通に目覚め、リビングにいた同僚たちの姿は一人残らず消えていたのだけれど、ちゃんと玄関のカギがかかっていたところを見ると、帰るみんなをちゃんと見送ってから寝たらしい。よかったよかった。

 それでも後半の記憶がおぼろげなので心配になり、後輩に電話して自分の行動を尋ねてみたところ、「ぜんぜん大丈夫でしたよ。普通に眠そうにしてらっしゃったんで、僕らは深夜3時頃に失礼しましたけど」との返答。よかったよかった。

 ただ、憶えていることのひとつに、ぼくの乳房が男にしては意外に大きいという話題になぜかなって、興味を示す面々に「さわってもいいですよ」と申し上げた結果、男女数人がかわるがわるぼくの乳房をさわりにきたというのがある。いったい何やってんだと今になっては思うけれど、こういうことがあったところで「ぜんぜん大丈夫でしたよ」になってしまうのが少々複雑な心境である。

 ちなみに我が家まではタクシーで移動したのだけれど、その車中で運転手から「みなさん飴どうですか?」とすすめられたとき、咄嗟に「もしかしてぼくら、口臭いですか?」と尋ねてしまったのも恥ずかしいエピソードのひとつであります。かわいそうに運転手さん、「い、いえ、そんなつもりじゃ…」と恐縮至極で。

 被害妄想によって相手を追いつめる。うまく使えばこれ、日常生活にも応用可能かもしれまへんですな。

 

12月18日(金曜) 深夜

 明日は職場の忘年会。

 二次会以降は同僚たちが我が家になだれこんで飲むことに決まってしまったので、整理整頓や清掃に励んでいた。自分ん家というのは過ごし慣れているだけに、第三者から見たらどうかと思うようなものが平気で棚においてあるのを見落としたりするから、細心の注意が必要なのだ。

 隠すべきものは隠し、見せるべきものは見せて。隠すべきものはここには書けないけれど(笑)、見せるほうでいえば、たとえばDVDの棚にはキューブリック作品などを前面に並べて、「こういうの観てるんだけどね」とさりげなくアピールする作戦である。…というか同僚もこの日記の存在を知ってるから、この時点でバレてしまってるかもしれないが、まァどうせ読んでないでしょう。

 こうやってひとしきり掃除したのち、もう大丈夫だろうと一息ついていたら、リビングにこんなキーホルダーを発見。

 ずいぶんと前に、今はなき三重の国際秘宝館で入手した、おしりとちんこのキーホルダーである。引っ越すときに捨てようかとも思ったのだけど、なんとなく愛着があって捨てきれず、ポケットに忍ばせて新居に連れてきて、そんままリビングに置いていたのだった。こういうのが当たり前の光景になっていて見逃されるから、自分ん家というのはつくづく恐ろしい。

 で、キーホルダーを机の引き出しにしまいつつ、ふと思ったのでした。忘年会の二次会でで酔っ払って、このキーホルダーを女子社員の前に差し出し、「ヒッヒッヒ、これ何やと思う? 言うてみんしゃい!」みたいなことになったら最悪だなあ、こんなセクハラだけはしないよう注意しなくちゃなあと。

 ただ、酔っ払うと、こうやって意識していることからどんどんやってしまうんですな。…いや、絶対しません、キーホルダーセクハラ。

 

12月16日(水曜) 深夜

 先日、新しい湯たんぽを買った。

 エコじゃエコじゃと世の風潮に便調して、たかが湯たんぽ使ってるだけで「いいこと」してるかのような満足感に浸ることができるのだから、こんなチャンスは見逃すべきじゃあない。おまけに、たまたま行った家電量販店で湯たんぽがワゴンセールされていて(Lサイズが400円!)、思わず衝動買いしてしまったという次第。

 実は昨年、初めて湯たんぽを買ってみたものの、ケチッて500ml容量の小さいやつを購入した結果(ちなみにこれも400円)、布団に入れてもちっとも暖かくならず、ああ安物買いの銭失いとはこのことかと落胆した挙句、たまたま家に遊びにきた来客に進呈したという一件があったのだった。

 そして今回入手したのはLサイズ。3リットルもの容量があるから頼もしい。

 …と昨日までは上機嫌で過ごしていたわけですが。

 いざ実際に使おうとして唖然とした。3リットルものお湯を沸かすとなると、それだけでタイヘンなんである。普通の雪平鍋じゃあ3リットルも沸かせないし、ルクルーゼなんかの大鍋で沸かせば、注入するのに一苦労するのは目に見えている。

 そもそもエコとか言ってるけど、これだけ大量のお湯を沸かせば、結構なガスを消費すること請け合いだろう。少しのお湯しか入れなければ済むという話でもなく、水蒸気が水に戻る体積収縮で湯たんぽがひしゃげてしまうらしいし、どのみち3リットルのお湯を沸かすしかないんである。

 ちなみに湯たんぽを持っている同僚に容量を尋ねてみたら、たいてい800ccとか1リットルとかのサイズで、3リットルのを買ったといったらみんなから笑われた。畜生。

 そんなわけで、今回買った湯たんぽを使おうとすると、それこそ一大決心が必要で、「今日という今日は使うぞ!」という決心をしないと到底使う気になれないのでありました。特別な日にのみつかう湯たんぽ。もはや自分へのごほうびというか贅沢品というか、ある種の嗜好品である。

 しかし、こんなジャンボサイズの3リットル湯たんぽ、一体どんな人が使うんでしょうねえ。よっぽどの富豪が愛用してるんでしょうか。

 そもそもワゴンセールになってた時点で気づくべきでした。みんなデカすぎて買わなかったんだ。

 

12月15日(火曜) 深夜

 ご近所にある伏見桃山城に足を運んできました。

◆京阪丹波橋駅にて下車。昼間っから寝そべるホームレスの紳士が、昨今の不景気を象徴しておりますな。
 
◆電信柱に貼ってあった求人広告。こんなに漠然とした条件で、果たしていい相方が見つかるもんなんでしょうかねえ。
 
◆うららかな秋の日差しのなか、伏見桃山城の天守閣に到着。いやー、秀吉がここに暮らした時代がしのばれます。
 
◆といいつつ伏見桃山城は鉄筋コンクリ建てのエレベータ付き。おまけに歴史上、こんな城は実在しなかったそうで。
 
◆天守閣jからは伏見界隈が一望できます。ちなみにこの天守閣、伏見桃山キャッスルランドという遊園地のアトラクションの一部なのでした。
 
◆城下にはパターゴルフもあり、カエルの肛門にボールを入れるという大層アバンギャルドな仕様となっています。
 
◆釣り堀もあって、皆さん思い思いに金魚なんぞを釣っておられますが、どうみてもプールの流用なのが涙を誘います。
 
◆そしてババーン! 今年11月の伏見桃山城です。どうでしょうか。…って、えっ!?

 もしかすると既にお気づきかもしれませんが、最後の写真以外は2001年5月に撮影したものです(いつ行ったのかについては言及していないので、少なくともウソは書いていないということでひとつ)。

 伏見桃山キャッスルランドは2003年1月をもって既に閉鎖していて、当初は天守閣も取り壊される予定だったものの、住民の反対運動でなぜか残されることになったという曰くつきの素敵名勝でして。…というような事情は京都の人のにしか分からないかもしれませんが、そもそも12月にどうしてみんな半袖シャツ姿なのか? という疑問を抱かれた貴殿はスルドイ!!

 それにしてもデジカメで撮った写真って、年月が経っても劣化しないものだから、こうやって載せるとまるで今のことみたいになるので変な感じですね。

 

12月14日(月曜) 深夜

 久しぶりに最近の料理でも。(貧乏レシピと重複しているものもありますが、ご了承ください)。

◆にらまんバーグ
にらがタップリ入った中華風ハンバーグです。中華風ハンブルグ、言わばチュジニア風京都みたいなもんです。
 
◆チンゲンサイのひき肉かけ
当時、ひき肉ブームが自分の中に到来しておりました。ひき肉の半額って、ビックリするくらい安い。
◆悲しい目をした商人風野菜炒め
娼婦風パスタとか有名ですが、世界中探せばこんな名前の料理もあるんじゃないでしょうか。
◆もけもけ頭の老人風チェリスト
小松菜とシイタケと豚肉をオイスターソースで炒めてみました。もけもけ頭で精力つけましょう!!
◆子持ちカレイの残酷煮
料理はだいたい残酷です。哀れカレイさん、こんな猟奇殺人みたいな姿になってしまって…。涙
 
◆肉じゃがポインポイーン
やけくそな命名ですが、ごく普通の肉じゃがです。船場吉兆もこういう名前のメニュー出せばよかったのに。
 
◆麻婆豆腐にんじん入り
余ってる食材があると、つい入れてしまうのが自作料理のダサくなりがちなところです。
 
◆万願寺のタイタンの妖女
こんな小説があったら読みたいものです。というかこれ、半分FUZEI写真入ってて小っ恥ずかしい。
◆洋風お好み焼き
なぜ洋風かというと、青のりを切らしていて、かわりに乾燥パセリを振っているから。すぐ洋風になります。
 
◆茎入りクリームシチュー
ブロッコリーの茎の部分をクリームシチューに入れるのが滅法好きです。ブロッコリーの茎に恋する小生。
 
◆ガーリック&アンチョビの
オリーブオイルでにんにくとアンチョビを炒めたのをかけてます。料理と器がちっともマッチしてません。
 
◆こんな感じですわ
これは麻婆茄子ですが、だいたいこんな感じです。ご飯の位置が反対ですが、このほうが食べやすいのや!
 
◆イワシの煮付け
あのディカプリオの大好物としても知られるイワシの煮付け。…すみません、ただのウソです。

 
◆おでんせんでお!
念のために申し添えると、いちおう回文です。おでんせんでお! おでんがイヤなときに使ってみてください。
 
◆しいたけさけたいし!
これも回文です。恥を忍んで。しいたけがイヤなときは是非。シイタケ避けたいし! ものすご不自然!!
◆豚汁煮込みうどんピューブ風
中央のネギが恥毛っぽいですが、いくらかき分けても、出てくるのはうどんです。…えっ、恥毛っぽくない!?

 

12月13日(日曜) 夜

 今世紀の目標は「酔いつぶれずにお酒を飲むこと」に決めました。

 全然飲まないのも簡単だし、酔いつぶれるまで飲むのも簡単なのだけれど、ちょうどいい位に酔っ払うのが至難の業。

 ワイン1本飲んだところで止められるようになるのを目標に、まずは自宅で練習に励みたいと思います。

−−−

 …なんてことを思ったのも、昨日の飲み会ですっかり酔いつぶれてしまったから。

 ちなみに飲み会というのは、以前からこっそり参加ししていたテキスト庵というサイトの創立10周年パーティーでありまして。 今までこういうイベント事に行っても「オフレポ」的なものをちゃんと書いたことがないんですが、今回は自戒をこめてレポートしておきます。

−−−

 当日18時49分、大阪・梅田の DD House中にある「ビア・カンパニー」に到着(勘のいい皆さんは既にお察しかもしれませんが、ここがパーティー会場です)。本当は18時30分開始だったのだけれど、仕事の都合で20分ほど遅刻しての到着である。

 店に入ると、うやうやしく近づいてきた給仕が「お一人様ですか?」と尋ねてきたので、「そんなわけないやろボケ! テキスト庵10周年パーティーに決まってるやんけ! さっさと席に案内しくされ!!」という内容のことを、もっと丁寧な言葉遣いで伝えたら給仕から一言、「かしこまりました、案内させていただきます」。

 そのまま歩きはじめた給仕を見て、「さてはコイツ、オレを席に案内する気だな」とすぐに見抜いたぼくは、「いったいどこに案内するつもりだ?」といった疑問を差しはさむこともなく後をついていったのだが、そうしたらそのまま調理場に入っていったので、うわ、一体どうなっとるんや!? まさか調理場を貸し切ってのパーティーなのか?? …とすっかり取り乱してしまい、なりふりかまわず給仕の裾をつかんで「こ、ここですか!?」と声をかけたところ、給仕の輩あろうことか一瞬失笑のような表情を浮かべやがって。慌てて取り繕うかのように顔を戻したのち、「申し訳ございません。ただいま別の案内係の者を呼んでまいりますので、あちらでお待ちください」。これではまるで、こっちが阿呆である。 (いやまァ、本当に阿呆以外の何者でもないのだけれども)。

 数十秒後、別の案内係とやらがおいでなさり、いきなりの恥辱でワナワナ震えそうになるのをこらえながらパーティーの席に案内される。するとそこには、ぼく以外の参加者10名が全員勢ぞろいしていて、おまけに10人がけテーブルなものだから、最後に来たぼくは当然のことながら「お誕生日席」となり、たいそう落ち着かない佇まいにてパーティー開始となったのでした。

 ぼくのお隣にはテキスト庵創始者の【な】さんという欣幸で、お会いするまではご尊顔を存じ上げなかったものの、ポール・マッカートニみたいな顔立ちの方をなんとなく想像していて、でも実際にお会いした【な】さんは想像以上にハンサムで、ザブングル加藤をググッと格好よくしたような誰もがうらやむ素敵な殿方だった。【な】さんご自身、ザブングル加藤のことは相当意識されてい たようで、「はじめてテレビで見たときは自分が出てるのかと思ってびっくりした」と、その心中を熱く語っておられました。

 ちなみに店のほうは飲み放題で4,500円。これは飲まねば、店がつぶれるくらい飲まねば! と俄然張りきったのが「うんのつき」で、最初はビールでお茶をにごしていたものの、いやビールは安い! ワインのほうが高そうだ! という馬鹿みたいな理由からワインをどんどんどんどん注文。その間、ローストビーフやら海鮮サラダやらタマネギの丸揚げやらの美味しそうな料理がいろいろ出ていたはずなのだが、ワインを飲むのに専念しすぎて、結局ほとんど箸をつけないままお開きとなってしまいました。このほうがよっぽど損しとるわ! というのは後になって思うことで、そのときは「これで店も大損じゃ」とすこぶる機嫌よく飲み続けていたのだから世話なしです。

 そんなこんなで、気がつけば「もう朝ですよ!」という声で揺り起こされ、うわわ、ここどこだ!? おまえは誰だ?? …と困惑しつつ周囲を見回してみると、カラオケ屋の一室で一人寝転がっていて、おまけに手にはマイクが握られていて、もちろん相手はカラオケ屋の店員だった。

 そういや終電逃して、仕方なく一人でカラオケ屋に入ったんだった。既にしこたま飲んでるのに、ウイスキーとウーロンハイというよく分からない注文をした挙句、一人でぴょんぴょん飛び跳ねながらゴダイゴの「モンキーマジック」を独唱していたような記憶が……。でも、一次会とモンキーマジック との間の記憶がまったくない。一次会が終わったら、すぐにモンキーマジック独唱してたような感覚なんである。

 で、今日になって、参加者のかたからいろいろと不安に陥るメッセージを頂いて、きっと皆さんに多大な迷惑をおかけしたんだろうなァと思うも、記憶がないだけに「自分の行動を推察して猛省する」という誠にまどろっこしい反省しかできず、ああこのままじゃあアカン人まっしぐらや…と思い、冒頭に書いたように「酔いつぶれずにお酒を飲むこと」を今世紀の課題にすることを心に決めたという次第。 いやはや、ご迷惑をおかけした(であろう)参加者の皆さま、本当に申し訳ありませんでした。

 ちなみに、どうでもいい上に尾篭な話ですが、パーティーから帰宅する途中で便意に襲われ、自宅の20m手前で「こいて」しまいました。幸いウサギ系のコロコロうんこだったから被害が少なかったものの、そういうわけで「うんのつき」だったということで。 パーティーは自宅前でうんここいて終了。

 せっかくなので、パーティーの最中に撮った写真を一枚。いやはや、自分の酒癖の悪さは棚において、たいへん楽しゅうございました。

 

12月11日(金曜) 深夜

 本日の菜っ葉です。

 字が小さくて読みづらいながら(本当は画像サイズの問題なのだけどこっそり責任転嫁してます)、京都府産「畑菜」である。

 油揚げと一緒に煮浸しにするとそこそこ美味しいので、小松菜が高いときには買うこともあるかなァ、くらいの存在なのだが、なにしろ「畑菜」である。菜っ葉なんて、どれもこれも畑に生えとるんちゃうんかいな!? と、これを見るたびに思ってしまう。

 鮮魚コーナーに「海魚」(うみうお)という名前の魚が堂々と並んでいたらどうか? くだものコーナーに「果樹園フルーツ」という名前のくだものが鎮座していたらどうか? はたまた、精肉コーナーに「陸獣(モモ肉)うす切り」なんていうパックがあったらどうか?

 まァそれを言えば、食パンなんかも、ええっ? ということになるんですが、ぼくの人生から重箱の隅ほじりを取ったら、なにも残りませんので…。

 

12月10日(木曜) 深夜

 本日のスマップです。

 正式名称は「スナップエンドウ」で、折るとパチンと音がする(=snap)から、というのが語源らしい。通称として「スナックエンドウ」とも言われいて、この店でも値札シールにはスナックエンドウと書かれている。それなのに棚のPOPには、デカデカと「スマップエンドウ」の文字が。

 このPOPを作った人もきっと、「スマップエンドウ」でないことは重々知っていたのではないか。これを書いたのはおそらく、スーパーの野菜売り場を長らく担当してきたベテランである。で、スナップエンドウとスマップエンドウは間違えやすいから十分気をつけなければ…と意識しすぎるあまり、ついついスマップとやってしまったのではあるまいか。

 言ってはいけないと意識しすぎて、つい言ってしまう。

 そういやぼくも、背が低いことを気にしている同僚の男性とスーパーで買い物をしたとき、「チビ」と言っちゃいけないと意識するあまり、普通サイズの大根が特売されているを見て、「これ全然チビじゃないですから買いましょう!」と言ってしまったことがありました。

 あっ。同僚の女性が先日、「このサンプルの塗装、ハゲてきましたね」とぼくに言ってきたのも、そういうことだったか。考えすぎでしょうか。

 

12月9日(水曜) 深夜

 学生時代、友人から借りたアダルトビデオに「誘惑のパンスト刑事(デカ)」みたいなタイトルのやつがあった。

 もう10年以上前のことなので記憶もおぼろげなのだが、「パンスト刑事」という言葉があったのは確かで(さっきネットで検索してみたけどエロ同人誌しか引っかからず残念)、これが妙に印象的に残っていて。

 パンスト刑事。

 学生だった当時は、一瞬なんの抵抗もなくそのエロチシズムを受け入れてしまったのだけれど、しばらく経って「えっ?」と思い直したのだった。そりゃあ刑事さんでも、女性ならパンストくらいはいているだろう。パンストをはいているだけで「パンスト〜」呼ばわりされては、世の女性たちはたまったもんじゃあない。

 どれもこれも当たり前である。ものすごく当たり前である。

 そもそも、こんなことを言い出したらショーツだってブラジャーだってそうだ。たいていの女性は身に着けている普通のコトなのだけれど、ことさらのように強調すると、なんだかおかしなことになってしまう。

 ちなみにぼくなどは、この調子でいくと「肌シャツ男性社員」あたりになりそうですが、だから何なんだというお話でした。

 

12月8日(火曜) 深夜

 地味な気分を味わいたかったので、ちっとも繁盛していない中華料理屋に入ってみました。京都駅の北側にて。

 まるで家のような佇まい、親戚ん家に来たかのような感覚です。

 そして、さらに「いいなァ」と思ったのがコレ。

 店の本棚に置いてある書籍がすべて、料理メニューの末尾に掲載されているのでした。それも「スラムダンク 9〜31巻 バスケットボール (感動の三井入部からその後まで」といった具合に、ジャンルや解説まで入っているからタマラナイ。

 そういや中学生の頃、レンタル屋で借りたCDをテープに録音したやつを棚に並べて、レタリングで「ローリングストーンズ・コーナー」とか書いてたなァとふと思い出して、なんか違う気もするけれどなんか近いものがある気もして、ああ、この感じだよ! 懐かしいね!!

 などと心の中で独りごちつつ、とくにどうということのないラーメンをすすってきたのでありました。

 食べてみたら、自分が家で作るラーメンの味に似ていたのでびっくりしました。びっくりラーメン。って、もしかしてウェイパー…

 

12月7日(月曜) 深夜

 自転車を買い替えたいという同僚がいる。

 ぼくは割と自転車が好きなので、とくに頼まれてもいないのに相談に乗っていたわけですが。

 せっかく新しいのを買うんだったら快適な自転車ライフを楽しんでほしいと思い、「ギア付きのクロスバイクとかがいいと思いますよ」とアドバイスしたところ、返ってきた答えに全身の力が抜けてしまった。

 「いい自転車買ったって、どうせ盗まれたりするじゃないですか。だったら安いママチャリでいいかなって」

 どうせ盗まれたりする。こんなことを言い出したら、なにを買ったって盗まれたりすることになるだろう。

  …こういう論法って、突きつめると「どうせ死ぬんだから、どうだっていいや」みたいなことになってしまうと思うんですが、どうなんでしょうかねえ。むしろ永遠に死なないなら、無為な生活を過ごしていても惜しくないだろうけれど、どうせ死ぬからこそ、それまでのプロセスが大切になってくるというか。

 このような熱い気持ちからついついヒートアップしてしまい、「盗まれたりするからこそ、いいチャリを買うんですよ! 盗まれるまでの日々がそれで充実したなら、それはそれで意味があるじゃないですか!」等と説得してみたんですが、ただキョトンとされただけでした。

−−−

 ちなみにぼくの持論では、盗まれやすいチャリは「本当にどうでもいいママチャリ」か「本当に高級なプロ仕様のチャリ」かのいずれかです。

 どうでもいいママチャリは持ち主の愛着もないだろうし、盗んだところで盗難届けも出されないだろうという安心感から。プロ仕様のチャリは盗難届けが出されるリスクを犯してでも数十万円のブツが手に入るという誘惑から。

 それに対して、中途半端にいいチャリ(5万円〜10万円未満)は、盗めば確実に盗難届けが出されるだろうし、その割にはたいした金額じゃないしで、盗っ人たちも敬遠するんではないかと。

 ぼくが乗ってるのも6〜7万円のチャリですが、10年以上乗ってていまだに盗まれたことありません。

 あ、盗まれるまでの日々が充実とか云々でなく、この話を同僚にすればよかったのか!

 

12月4日(金曜) 深夜

 通勤の行き帰りに、毎日といっていいくらい遭遇する人がひとりいる。

 もちろん全く面識のない人である(30歳手前くらいの女性)。行きの通勤電車は毎日同じで、これはまァよくあることなのだが、さらに帰りの電車も同じになることが多く、おまけに立ち寄るスーパーまで同じものだから、一日に3回、4回とすれ違ってしまうのだ。

 引っ越して以来、このような日々がずっと続いていて、このままだとストーカーと勘違いされるんじゃないだろうかという不安が頭によぎり始めたという次第。

 そんなわけで最近は、駅のホームで相手の姿を見かけたら隣の車両のほうにサッと移動する、スーパーの野菜コーナーで相手の姿を見かけたら隣の乾物コーナーにサッと身を隠すという具合に気を使っていたんでありますが。

 よく考えたら、これっていよいよ本物のストーカーですな。どうしよう。

 

12月2日(水曜) 深夜

 数日前の日記に書いた「メラビアンの法則」についてですが。

 この法則に関する詳しい事情は、ちょっと前に、下記の『反社会学講座』(ちくま文庫)という本で知ったのでした。

 当該の箇所を抜粋してみると…

研修屋の講師のみなさんは、研修の冒頭で、この法則を得意げに解説してくれます。

「これは心理学者のメラビアン博士が発見した法則です。話し手と聞き手のコミュニケーションにおいて、話し手が聞き手に与える影響がどのような要素で形成されるかを測定したところ、
 見た目・身だしなみ・しぐさ・表情などが55%
 声の質(高低)・大きさ・テンポなどが38%
 話す言葉の内容が7%
 であることがわかりました。つまり、コミュニケーションにおいては、話の内容は7%しか伝わっていないのです。言葉だけのコミュニケーションがいかに難しいものであるか、それをこの法則が教えてくれます。ですから、面接や営業活動においては、ボディーランゲージや話し方などのマナーに気を配ることが、とても大切になってきます」

(中略)

 実際にメラビアン博士が行った実験とは、こういう(次のような)ものです。

 「たぶん(Maybe)」の一語を、さまざまな声質で録音し、それを被験者に聞かせてどのような印象を受けたかを調べる。また、さまざまな表情の顔写真を見せながら、「たぶん」の録音を聞かせる。これだけです。のちに、もう少し語彙のバリエーションを増やした追試を行い、その結果から例の55/85/7%の数字がはじき出されたのです。

 メラビアン博士が行ったのは、表情と声の実験だけでした。身振り手振りや身だしなみといった要素は研修屋が勝手にくっつけたのです。そもそも、この実験は、言葉の内容と表情(もしくは声質)が矛盾している場合、聞き手は言葉と表情のどちらに重きを置くだろうかということを検証するためのものでしかなかったのです。(以下略)

 この本は社会学や世論調査のデータに隠された「デタラメ」を小気味よく解説した良著で、書いてあることにも説得力がある(関係ないけれど表紙イラストは吉田戦車)。メラビアンの法則にしても、ああ、こういうことだったのかと素直に感心したものだった。

 ただ、研修屋は「言葉だけでは7%しか伝わらない」と吹聴するけれど、言葉だけでコミュニケーションの7%もの部分が伝わるとしたら、それはすごいことじゃあないだろうか。

 なにしろ、純粋な言葉の内容なんて、「たぶん(Maybe)」という3文字(ひらがなでも6バイト。英語なら5バイト)の情報にすぎないんである。それに対して、声の音声データや表情の静止画像データとなれば、少なくとも100キロバイトにはなるだろう。

 1キロバイトは約1000バイトだから、100キロバイト=10万バイト。「たぶん」という言語情報と、それを録音したもの(もしくは撮影したもの)との間には、200万倍以上の情報量の開きがあるわけだ。なのに、言葉だけで7%も伝わるとは、まさに天変地異である。

 言葉というのは、その「ひとこと」が個人の長期記憶や想像力からさまざまなイメージを喚起させるからこそ、効率のよいコミュニケーション手段となっているのだろう。

 たとえば同僚から「おまえキショいよ」と言われたら、キショい呼ばわりされていた他者の姿や、これまでにキショいと言われた経験、さらには今後の自分の社内ポジション等々、個人内に封じ込められていたものが瞬時にして頭に思い浮かぶ。だからこそ、せいぜい数キロバイトというわずかな言語情報によって、いろんな思いやら感情やらが喚起されるのではあるまいか。たいていの場合、言葉は単なるトリガーみたいなものというか。

 同じ言葉であっても、相手に与えるインパクトは、相手の想像力や人生経験によってまったく違ったものになる。

 こういった、当たり前だけれど大切な部分が抜け落ちてしまうのが、「○○の法則」みたいなやつの短所でもあり、長所でもあるんでしょうな。

 

12月1日(火曜) 深夜

 本日の原付です。

一番かっこいい斜め前から

無駄に威圧感のあるバックから

いよいよアレな斜め後ろから

 デコトラならぬデコ原。これって車体価格よりもデコレーションのほうがお金かかってるんじゃないだろうか。それこそママチャリにGPSナビゲーションやら食器洗い乾燥機やら載せてるようなもので。

 ただ、単なるデコ(飾り)にしてはあまりにも本格的すぎる。…と思って近づいてみるも、何なのか今ひとつ判然とせず。

 きっとどれも違うだろうことは分かってるんですが。真面目に考えてみると、ひょっとしてスピーカーとかでしょうかねえ。

 それにしても、この原付で海外のテロ多発地帯あたりを疾走したら、エライことになりそうですな。あまりにもベタ過ぎて、意外と怪しまれないかもしれませんが。

 


およそ番目です。   

2009年11月のプチ日記 

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