2006年12月のプチ日記

12月30日(土曜) 深夜

 年末の休みに入ってから、ずっと飲みっぱなしで更新できませんでした。

 木曜日の晩から友人宅で忘年会をやって朝方まで飲んで、昼過ぎに強烈な頭痛で目が覚めたのをいいことに、ロキソニン(鎮痛剤)を肴に迎え酒。昼間っからビールやらスピリッツやらの応酬ですっかりヘロヘロになり、京都駅から四条駅までを2時間以上かけて帰宅したのでありました。

 関西に在住のかたはご存知と思うが、京都駅から四条駅までは地下鉄で2駅。本来なら所要時間5分程度であるにもかかわらず。

 酒ってホントにどうしようもないですな。どうしようもないのは小生ですか。

−−−

 で、本日はチマチマと年賀状を作っておりました。

 年賀状って着手するまでは心底面倒くさいんだけど、作り始めると妙に楽しくなってくる。今回もいろいろ画像とか切り貼りして、自分なりに「それっぽい」(=伽間的には恥ずかしい)ものを作ってしまった。

 で、今回気づいたのは、どうってことない画像にテキトーな英語(Verdanaとかのフォントで)を入れると、なんとなくそれっぽくなるということ。

 「それっぽさ」はセンスある人たちにとっては「感性」なのでしょうけれど、我々一般人にとっては「思考停止」に近いから要注意かも。

 

12月27日(水曜) 深夜

 自宅のトイレで大用を足し終わったところ、ペーパーがなくなっていることに気づいた。

 仕方ないので、パンツをずり下げたまま部屋のポケットティッシュを取りにいったら、携帯電話が鳴った。

 うんこ拭かないまま、パンツずり下げたまま、携帯電話で打ち合わせ。電話って便利だなァと再確認。

−−−

 というわけで、我が家のトイレの壁紙です。

 たかだかトイレの壁紙なのに「建設大臣認定」。まったく大臣も大変ですな。

 

12月26日(火曜) 深夜

 先日、完全防水の素材のパーカーを買った。

 水は防ぐけれども内部からの汗は逃がすというハイテク素材である(といってもGORE-TEXではなく、その後発品なのだけれど)。で、こういうのを着ていると、どうしても性能を試してみたくなってくる。いまだに小学生気質が抜けなくて恥ずかしいのだが、男性諸氏の多くはこうなんじゃなかろうか。

 ただ、今までずっと晴天続きだったので、せっかく着ていても試せる機会がなかった。パーカーを羽織ったまま風呂場に入ってシャワーすれば済む話ではあるが、三十歳も過ぎた現在、さすがにここまで莫迦にはなれない(小学生の頃はよくやっていた)。

 そして本日。会社から帰宅しようとしたら、外は土砂降りの雨天ではないですか! よっしゃ!!

 …というわけで静かに喜びをかみしめつつ、大雨の中、傘を差さずに会社からバス停まで歩いていたところ。

 いきなり背後から声をかけられた。「名倉さん、よかった入ってくださーい!」

 振り向くと同僚Fさんがこっちに傘を差し出していた。ぼくが傘を忘れたものと勘違いして駆け寄ってくれたんである。

 しかし咄嗟の事態にぼくも動転して、反射的におかしな三段論法を組み立ててしまい。

  1. この大雨のなかFさんの傘に入れてもらうのは申し訳ない。
  2. かといって「防水パーカーの性能を試している」なんて正直に言うのは恥ずかしい。
  3. そういやカバンの中に折り畳み傘を入れてたんだった。自分のを出して使おう!!

 そして自分の傘を取り出しながら口にしていた。「大丈夫です。ぼくも傘、持ってますんで」

 眼前には、呆気にとられてポカーンとするFさんの顔。…しまった! この大雨の中、傘を持ってるにもかかわらず差さずに歩いてるなんて、まるで意味不明の変人ではないか。

 その後、無言で傘を差しながらバス停に到着。会話のないまま現在にいたっております。ああタイムマシンがほしい。

 

12月25日(月曜) 深夜

 旅行のみやげなんかで酒をもらうと非常に困る。

 もちろん酒は大好きなのだが、好きが高じて、あったらあるだけ飲んでしまう。飲みすぎると翌日の仕事に差し障るから、平日はその日に飲むぶん(350mlの缶ビール×2本)だけを買うようにしているんである。

 こんな具合であるから、他人様から酒をもらったりすると本当に困る。「ちょっとだけ」と思って栓を開けたが最後、「もう一杯だけ」「あと一杯だけ」と杯を重ねた挙句、どんどん自制心がなくなって「今日だけはいくら飲んでもいいスペシャルデーってことで!」なんてことになってしまう。

 頂戴するのが缶ビールであればまだいい。夏場なら常温で放置し、冬場なら冷凍庫で凍らしておく。そうすれば、いざ飲みたくなってもすぐに飲めないから大丈夫なのだ。しかし日本酒なんかを頂戴した場合、常温でもいけるし、凍らせても美味いしで、こうなるともはやお手上げである。

 そんなわけなので、頂きものの酒は週末になるまで、洋服ダンスの奥の奥に仕舞い込むようにしている。飲もうと思えば洋服をひっくり返さなくてはならないから、さしずめ自分も断念するだろうという算段である。

 部屋の片隅に酒を隠すというのは、アル中の家庭なんかではよくあることらしいけれど。

 一人暮らしなのに何やってんだろうと心底情けない気持ちになりながらも、自分との戦いは予断を許しません。

 

12月24日(日曜) 夜

 せっかくなのでクリスマスっぽいことをしようと思い立ち、夕食にシチューを作った本日。

 名付けてクリスマス・シチュー。パプリカを振って赤みを付けたのが我ながらクリスマスっぽい。

−−−

 そして本日のカメラマン。

 なにかクリスマスっぽいことやってるかなァと思って足を運んでみた清水寺にて(案の定クリスマスっぽいことは何にもやってませんでしたが。予想が当たって嬉しさとガッカリを同時に味わえたのが収穫でした)。

 素晴らしいカメラの構え方ながら、いったい何を撮ってらっしゃるのか皆目分かりません。足カメラマンでしょうか。

−−−

 ところで、サンタさんっていう言いかたはどうなんだろうというのが以前からの疑問。

 サンタクロースは"St. Claus"(聖ニコラウス)という司教さんのことらしいけれど、「サンタさん」だと「聖さん」ってな意味になってしまうんじゃないか。ちゃんと名前をお呼びしないと失礼である。

 さらに言えば、偉い人を「〜さん」呼ばわりするのも気が引ける。

 したがって今後は、「クロース殿」と呼ぶことに決めました。ちびっ子のみんな、クロース殿からのプレゼントが待ち遠しいね!!

クロース殿

 

12月21日(木曜) 夜

 少し前から、我が家の冷蔵庫がバタバタバタバタと大きな音をたてるようになった。

 叩いてみても蹴ってみてもダメ。位置を変えてみてもダメ。ワンルームマンションなので音が部屋中に響きわたり、うるさくて仕方がないのだ。

 おかげで寝付きにくい日々がしばらく続いていたのだが、人間の適応力というのは素晴らしい。次第に慣れて安眠できるようになり、気がつけばバタバタいう音の中で心地よく眠りに落ちていくようになっていた。

 ただ、今度は別の心配がでていた。バタバタいう音がないと落ち着かず眠れないんである。もしも突然、冷蔵庫が直ってしまったら…。もしも将来、冷蔵庫を買い換えることになったら…。こんなデカい音を出す冷蔵庫など売っていないだろうし、いよいよ不眠症になってしまうんではないだろうか。

 今のうちに冷蔵庫の音を録音しておこうかと思案中です。

−−−

 さて本日、Go smoking に連載しているコラムが更新されてます。

 今回のテーマは「タバコをじっと見る〜脳裏に浮かぶ冬の光景」 。 なにやらロマンチックな題名をつけてますが、内容のほうはいわゆる「トホホ失敗談」の出来損ないみたいなものです。あと、スキーの話についてあれこれ書いてます。90年代にスキーをやった経験のある方にとっては、ちょっと懐かしいんじゃないかと思います。

 よろしければ併せてご覧いただけると 嬉しいです。

 

12月20日(水曜) 深夜

 近所の軒先にクリスマスのイルミネーションが灯りはじめた。

 子どものころ、ぼくの実家でもクリスマスになると電飾していたのを思い出す。

 ただし我が家の場合、野外に灯すのはご法度だった。当時から神経質だった母親が、「夜に玄関先を明るくしたら泥棒が来る!」と言い張っていたんである。いま思い返すと滅茶苦茶な話だが(だったら人が通ると点灯する防犯ライトはなんなのだ)、とにかく母親の意見には誰も反対できずにいたのだった。

 で、どこに電飾されたかといえば、台所の食器棚、もしくは冷蔵庫である。ここいらに電線をからませたうえで、部屋の電気を消す。すると台所の片隅にイルミネーションがピカピカと点滅するという塩梅だった。

 「ほら、きれいやろ?」 「こらサンタさんも来るわ」

 母親はそう言った数秒後、「やっぱし暗いと食べにくいなァ…」とつぶやきながら、再び台所の電気を点けるのだった。

 クリスマスの期間中、ぼくら家族は、電線のからまった食器棚を傍目にボソボソと夕食をほおばっていた。

 だから今でも、屋外のイルミネーションを見るたびに、「そんなもんは食器棚につるせ!」と言いたくなる。

 それでも当時はサンタさんの存在を信じていたのだから、子どもは世話がいりませんな。

 

12月19日(火曜) 深夜

 今朝出勤したら、社員たちがなにやら困ったようすで話し合っていた。

 どうしたのか理由を訊いてみたところ、職場で管理している預金通帳が見当たらないので、みんなで探しているんだという。

 ぼくも心当たりがまったくないので、一緒に探そうにも探しようがないというのが正直なところだったのだが、ここで「ああそうですか」と引き下がってしまっては職場に無関心なヤツだと思われてしまう。少しでも力になりたいという姿勢を示しておけば、後々いいことがあるかもしれない。

 そこで考えてみた。

 探している預金通帳は確か、複数の部署で管理していたはずである。通帳は大切なものだから、きっと放置したりはせず、引き出しや棚などといった所定の場所にしまってあるものと推測される。…そうだ、これを言えばいいんだ!

 「あのー、探してらっしゃる通帳ですけど、おそらくどこかに置いてあるんじゃないですかねェ?」

 すると場が静まり返った。あれ?

 シーンとする中、最初に口を開いたのは同僚のSさんだった。

 「そりゃあどこかに置いてあるでしょうよ! それがどこかを探してるんですよっ!」

−−−

 生きていると、恥ばかりが多くなっていきますな。まったく。

 でも、こういう当たり前の指摘って、気を抜くとつい口にしているんじゃないだろうか。

 たとえば、犯人が捕まっていない事件を捜査中の刑事がつい言うのだ。「犯人はまだどこかにいるに違いない!」

 あるいは、仕事ができない部下に上司がつい注意するのだ。「売り上げが悪いと業績が下がるぞ」

 はたまた、飲み会の席で同僚がつい忠告するのだ。「おまえ、あんまり飲むと酔っ払うぞ」

 …こういう会話こそ、後になんにも残らないからいいと思うんですが、どうでしょうかねえ。

 

12月18日(月曜) 深夜

 さっき風呂に入ってあがろうとしたら、バスタオルを用意し忘れていることに気づいた。しまった!

 半開きにした風呂場のドアをあわてて閉め直して、今からどうするべきか考えた(開けてると寒いんである)。

 これが家族と同居なら「誰かバスタオル持ってきてー」などと叫べば事足りる。が、悲しいかなぼくは独り暮らしである。いくら叫んだところで誰もきてくれない。となると当然、いったんバスルーム出てタオルを取りに行かねばならない。 なんだか物凄く当たり前のことを書いてる気がするけれど、気にせず話を進めることにする。

 寒い部屋のなかを全裸で走り抜けるわけである。…どうすれば最速で手にすることができるか? 風呂場のなかで念入りにシミュレーションしてみる。

 バスタオルはあいにく、部屋の一番奥にある「洗濯物山」の中に埋もれている(下の写真参照)。

 ということは、

  1. 机の前を大股でジャンプ移動
  2. ベッド脇をカニ歩きでサッと横切って
  3. 目標物(バスタオル)を拿捕
  4. その場でざっと体を拭いた後
  5. そのままバスルームまで一直線にダッシュし、中でゆっくりと体を拭って完了!

 気分はもうイーサン・ハント。頭の中で鳴りひびくBGM。

 で、いざミッションを実行せんと、勢いよく風呂場を飛び出したんでありますが。

 焦るあまりテーブルの角に足をぶつけて、しばらくウウッとうずくまってしまい。それでもなんとか「洗濯物山」にたどり着いたものの、シャツやら下着やらが折り重なったマウンテンの発掘作業に予想外の時間を要してしま い。そうこうするうちに身体はどんどん冷え、クシャミと同時に飛び出た痰が洗濯物に付着して。

 あまりの不遇にガックシうなだれるも押し寄せる寒さには勝てず、うなだれることすらできんのかと心底消沈しながら、もそもそと体躯を拭いておった本日なのでありました。あまりに悔しいので、「拭きたくて拭いてるんとちゃうんや! 身体が寒いから仕方なく拭いてるだけやからな!」と心の中で毒づきながら。

 おまけに以上すべて全裸での行動にて。ああ、なにが「気分はもうイーサン・ハント」だ。莫迦かオレは。

−−−

 『ミッションインポッシブル』シリーズも、主人公がずっと全裸だったら愉快な作品になりそうですな。

 ワイヤーアクションのシーンも局部の動きばかり注目してしまいそう。すごいよきっと。

 

12月15日(金曜) 夜

 半年ほど前から右上の親知らずの虫歯が欠けはじめていたわけですが。

 ここにきていよいよ限界っぽくなってきたので、観念して歯医者に行ってきました。

 虫歯を見た歯科医いわく、「よくここまで我慢しましたねえー」。人から褒められることなんて久しぶりなので素直に嬉しい。

 で、こりゃもう抜歯するしかないというコトになり。

 抜いてもらった歯を見たら、こんなことになっていた(見苦しい写真ですみません)。

 ものすごい穴が開いている。今までこんな代物を口に携えながら暮らしていたのか…。

−−−

 さっきから麻酔が切れて痛むので、気を紛らわせるためにこんなキャラを考えてました。名付けて「ムシバーマン」。

 ムシバーマンの口は本当に虫歯そのもの。激臭吐息で悪党どもをノックダウンだっ!!

 さあ、キミの街にも出動するぞムシバーマン! うわー来てほしくない!!

−−−

 ちなみに抜歯した後、歯科医からクギを刺されていた。

 「しばらくは出血が止まらないかもしれないですから、安静にしてくださいね」
 「少なくとも今日は、スポーツや入浴、飲酒などは控えてください。どれも血流をよくしますから」
 「でもまァ、様子を見ながらシャワーくらいは浴びていただいていいですけど」

 なあんだ、ひとつつくらいは悪いことしてもいいんだ。

 …というわけで、シャワーを浴びる代わりに、様子を見ながらビールを飲んでおります。

 肴は自分の血、けっこう塩辛くてイケますな。この風味なら焼酎のほうが合いそうだけど我慢。

 

12月14日(木曜) 深夜

 本日の自転車。

 ひったくり防止用ネットを被せてるのはいいけれど、ハンドバッグ入れっぱなしで路駐してたら意味がないと思います。

 あと気になったのが、取り付けてあるライトの方向。これじゃあ左ばかり照らしてしまうだろう。

 「左折する機会が多い人なのかな?」と一瞬考えてしまった自分が莫迦でした。

 

12月13日(水曜) 深夜

 野暮用で2時間ほど実家に帰っておりました。

−−−

 うちの母親が典型的な「モノを捨てられない症候群」であることは以前にも書いたと思うが、今回はこんなブツを発見した。

何百枚ものコレクション

こんなところにも

 妙に見覚えのあるプラスチック片。ええとこれ、なんだっけ…と考えていたら思い出した。食パンの袋を結んである止め具である。こんなもんコレクションして、一体どうするつもりなんだ!?

 ワケが分からないので母親に直接訊ねてみたところ。 

 ぼく:「母さん、ちょっとちょっと! コレ何なん??」
 母親:「ああ、食パンの袋についてるやつや」
 ぼく:「そら分かってるわ。なんでこんなもん貯めてんのよ!?」
 母親:「こうするとな、ものすごい便利なんよー」

 そう言い残して立ち去った母親。もどってきた彼女の手には、こんなモノが握られていた。

 「セロテープの終わりに付けといたら、次使うときすぐ剥がせるやろ?」

唖然

 ええと母上。使い道としては決して否定しませんけれど、これだけのために何百枚もストックしておく必要があるんでしょうか? 一生かかっても使い切れないんじゃないでしょうか? ほんま、びっくりしてウンコこきそうになりましたわ!

 …てなことを進言したところ、「せやなあ。私が死んだらアンタにあげるわ」

 お言葉ですが、ぜったいに要りません!!

 

12月12日(火曜) 深夜

 エラソウな上にいじわる&陰湿で、顔を合わすだけで気分が悪くなる人が他部署にいる。

 彼を仮にXさんとしよう。

 慢性的な不眠に悩まされているXさん、わざわざ医者にいくのも気が引けるというので毎晩、市販の風邪薬と酒を飲んで眠りについているらしい。風邪薬を飲むと眠くなるから、これを利用してるんだというのがXさんの弁。

 これって素人目に考えてもダメだろう。

 風邪薬なんて眠くなる成分以外にもいろいろ余計なものが入っているから、毎日飲んでいて体にいいはずがない。そういや林真須美が保険金殺人に使ったのも、風邪薬を飲ませ続けるという手法ではなかったか。

 おまけに風邪薬とアルコールは相性が悪く、一緒に飲んでると肝臓にダメージがくると耳にしたこともある。

 …と思っていたら最近、Xさんが全身の不調を訴えはじめた。でも医者に行くのは面倒なので、相変わらず風邪薬と酒を飲んで寝る日々を続けているという。

 もしかして薬のせいじゃないんだろうか。

 このことを本人に言おうかどうか迷っている自分に、ああまだ良心が残っているんだなと安心している昨今。

 迷い続けたまま現在に至っておるわけですけども。

 

12月11日(月曜) 深夜

 少ないながら冬のボーナスが支給された。

 といっても当然ながら銀行振り込みであって、現金で支給されても財布におさまりそうな勢いなのだけれども、とりあえずは賞与明細書がひと切れ配られるのみである。それで各自、封を開けて中の数字を見ながら、「やっぱりこんなモンかァ…」「控除が多いよねえ…」などと呟いておったわけでありますが。

 ふと見ると、同僚のひとりが賞与明細書の額面部分を折りたたんで、周囲から見えないようにして熟読していた。そこまで見られたくないなら、家に帰ってからゆっくり読めばいいのに。

 小学生の頃、返ってきたテストの点数部分が見えないように、しっかり折りたたんでいたのを反射的に思い出した。

 みんな自分の点数を知られるのが恥ずかしかったんである。

 でも結果は気になるし、答え合わせもしなくちゃいけないから、点数部分だけを畳んで隠すことになる。ただ、隠されると余計に知りたくなるのが人の常であり、隙を盗んでクラスメートの点数を知ろうとする者と、それを防ごうとする者との間で熾烈な攻防戦が繰り広げられていたのだった。

 なにが彼らをここまで突き動かしていたのか今となってはよく分からないけれど、とにかく不毛な攻防戦がエスカレートしていたのだった。で、クラスメートを数人がかりで羽交い絞めにして、ポケットの中の紙片を無理やり奪い取ってみたら、78点とかいう極めて普通な点数で一同拍子抜けしたり。

 かく言うぼくは、体育と音楽以外はそれなりに成績がよかったのだが(親に無理やり勉強させられていたからである)、みんなから優等生だと思われるのがものすごく恥ずかしくて、そりゃあもう決死の思いで点数を隠していた。答案をクシャクシャに丸めたことだって何度かある。

 で、帰宅したら「テスト満点だったよ!」と親に報告するわけである。ボール状に丸まった答案を差し出しながら。

−−−

 ただ、隠せるテストはまだよかった。

 ぼくの場合、体育と音楽が大の苦手だったので、実技テストのときどうしようもなかったんである。

 とくに困ったのが縦笛の演奏だった。みんなの前で演奏しなくてはいけないのだが、極度の緊張しいだったぼくは、順番が回ってくると手がブルブル震えて、まるで前衛の即興演奏みたいなことになってしまったのだ。くー、ほんとはちゃんと吹けるのにィ!!

 で、再テスト、再々テストとなるうちに人数が減っていき、とうとうぼくが最後の一人になった。放課後ぼくだけが担任のもとに呼ばれて演奏することになり、ギャラリーが誰もいなくなったとたん、肩の力が抜けてスラスラ演奏することができた。

 あのとき担任は「名倉君、頑張ればできるじゃない!」と感心していたけれど、頑張らないからこそできたんである。

 ま、他人の前では出せない力なんて無いのと同じなので、どうのこうの言っても仕方ないんですけどね。

 誰もいなけりゃ上手に喋れる芸人なんて、いくらいたってパン屑みたいなもんでしょ。

 

12月10日(日曜) 深夜

 DVDで『40歳の童貞男』を見たのち、料理作ったり、書評コーナーを加筆したりしていた休日でした。

 というわけで、WebookStoreコーナーに何点か追加しております。よければご一読いただければ望外の幸せです。

 …自分でこういうことは言いたくないんですが、ぼくなどの駄文を読むのに時間を費やすより、良著を読むほうがいいことだけは確かです。

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 週末、飲みすぎたらアトピーが悪化したので抗ヒスタミン剤を飲んでみたら、眠くて仕方ないので本日はこのへんにて。

 そういや、抗アレルギー剤の副作用に「アレルギー症状が現れる場合があります」と書いてあるのって、いまだに納得いかしまへんですわ。

 

12月8日(金曜) 深夜

 他の人のブログにその人の手作り料理の写真が載っていると滅法楽しい。

 そういやぼくも、気が向けばときどき自作の料理を撮っていたのだった。どうしてこんなもん撮ってるのか自分でもよく分からないが、きっと生きている証を残したいとか、そういうことなんだろうと思う。

 そこで本日は、ここ数週間に撮った料理写真を並べてみることにします。

「キャベツ等の煮物・トマト風味」
 
「豚肉の粕汁・ローマ風」
 
「適当煮物のネギまぶしすぎ」
 
「スープカレー・ウインナー入り」
 
「麻婆豆腐・豆腐入り」
 
「豚汁の残り物とウドンのたいたん」
 
 
「豚の角煮・下京区風」
 
「キャベツたっぷり不味カップ麺」
 
夕食抜き
 

 上記のメインディッシュに、ごはん+納豆(もしくはキムチ)というのが、小生の食卓でございます。ごきげんよう。

−−−

 さて本日、Go smoking に連載しているコラムが更新されてます。

 今回のテーマは「ヤニ色の風合い」 。部屋でタバコを吸うと壁がこうなる! という黄ばみ問題について語っております。なんだかどうでもいい話題ですが、実は悩んでいるかたも多いんじゃないでしょうか。よろしければご覧いただければ 嬉しいです。

 なお、いつもは木曜日更新の本コラム。今回だけ金曜更新なのは、編集担当のスタッフが食あたりでダウンしていたからです。なんでも、道に落ちていたお菓子を拾い食いしたら当たったとかそうでないとか。

 拾い食いは慎みましょうという教訓もこめて。

 

12月7日(木曜) 夜

 ウチの近所に小さな定食屋がある。

 以前はちょくちょく利用していて、店主さんともすっかり顔馴染みになっていた。なんとなく雑談を重ねるうちに、ぼくが近所に住んでいること、ちょうど通勤の帰り道に通るので立ち寄っていること、などなども店主さんに話していた。

 職場に向かっているときも、店の前を通ると、朝早くから仕込みの準備をしている店主さんと鉢合わせしたりした。そのたびに店主さんは、通勤カバンを片手に小走りしているぼくに「いってらっしゃい〜」と挨拶してくれた。

 しかし少し前から、この店にパッタリ足を運ばなくなった。あまりにもよく通ったので、味に飽きてしまったのだ。

 いちど常連になった店から足が遠のくと、なんとなく気まずいものである。それでも朝、店の前を通ると、店主さんと鉢合わせする。向こうもこれまでどおり、「いってらっしゃ〜い」と挨拶してくれる。

 こんな気まずさにとうとう堪えきれなくなって、先日から通勤ルートを変えた。ちょっと遠回りになるが、一本横の道を通るようにしたんである。

 やれやれ、これで店の前を通らずに済む。…とホッとしていたわけでありますが。

 本日の朝、いつもどおり通勤カバン片手に一本横の道を小走りしていたら、自転車に乗った店主さんと鉢合わせしてしまったのだった。思わず立ち止まるぼく。ただポカーンとこちらを見つめる店主さん。

 軽く会釈して足早に立ち去るぼくの背後で、「いってらっしゃ〜い」という声が聞こえた。

 人生で折り合いのついてないコトというのは、実はこういうコトだったりします。ああ、明日からどうすりゃいいんだ!?

 

12月6日(水曜) 深夜

 新聞投書やブログを斜め読みしていると、小学校の「順位をつけない運動会」に対する反論を時おり見かける。

 たとえば下記のような文面。

順位をつけない運動会を! などという意見をよく耳にするが、言語道断である。子どもたちにとっては、自然な競争こそが貴重な経験なのであって、こういう競争までも禁じようという動きは、教育をなにか履き違えているとしか思えない。ならばテストの成績も全員同じ、プロ野球の順位も全チーム同じになるのでであろうか。ナンセンス極まりない愚行であることは論を待たない。

 でもよく考えたら、「順位をつけない運動会を!」などと主張してる人に出会ったことがないし、こういう意見を紙面やネットで見たこともない。小学生の子どもを持つ同僚に訊いてみても「そんなワケないでしょ」という反応ばかりだし、ひょっとしたら都市伝説ではないのかと勘ぐりたくなるほどなのだ。

 いやまァ、こういう運動会が実際にあるのは事実なのかもしれないけれど(火のないところから煙は出ない)、仮にそうだとしても「世の潮流」ではないだろう。なのに、こういう風説っぽいものが流布した挙げ句、反論意見ばかりが世の中にあふれ返 っている現実。

 順位をつけない運動会はおそらく、世の大多数にとって「反論しやすい格好のネタ」なのだろう。そりゃそうだ、全員が一位なんだもの。なんにも考えなくても無茶苦茶な道理である。

 ただ、オカシイと感じることへの反論は抑えるのが難しいようで、実態はよく把握されないまま反論だけがどんどん拡大再生産されていく。そして気がつけば、順位をつけない運動会の野郎めが急増してやがるらしい! ようし我が成敗してやるわ! てな雰囲気になっている世の中(なのかどうかよく知らないけど、そんな気がふとしたもので)。

 なんかバカっぽいのう…と感じるのはぼくだけだろうか。これこそ横並びの典型ではあるまいか。

 よし、こういうときこそ世のため人のためである。ぼくが一肌脱いで、「順位をつけない運動会」を声高に主張しようじゃないか。

順位をつける運動会をよく見かけるが、言語道断である。子どもたちにとって、競争で負けることによる心的外傷は計り知れないにもかかわらず、教育機関であるはずの小学校が自らこのような「心の傷」を量産しているとは、教育をなにか履き違えているとしか思えない。ならばテストの成績は実力主義、プロ野球の順位も実力主義ということになるのか? これらがナンセンス極まりない愚行であることは論を待たない。

 さよなら さよなら 順位をつけない運動会。というか個人的には、運動会そのものを廃止すればいい。

 …てなことを考えながら豚の角煮を作っておった今晩でした。大根を入れ、勿体ないので葉っぱも一緒に煮たら旨かったので嬉しい。

 

12月5日(火曜) 夜

 読者のかたが送ってくださった、本日のトイレです。

 コンビニで従業員用トイレを借りたら、こんな張り紙がしてあったそうで。

 いやー、いいですねえ。

 「現在、当店のトイレが若干、故障気味でありまして」
 「使おうと思えば使えなくもありませんが」

 客に貸してるだけなのに、この低姿勢が微笑ましい。そもそもトイレが「若干、故障気味」というのもよく分かりませんけれど。

 さらに文面は続く。

 「小さなお子様などには、少々危険であるかもしれません」
 「横断歩道を歩いてすぐのところにコジマ電機さんがあるので、不安のある方はそちらのほうが間違いないように思われます」

 なにがどう危険なのか全然分からないのに(なにしろ「若干故障気味」という情報だけである)、「不安のある方は〜」などと言われても困るだろう。こんな風に書かれたら、かえって興味津々になって使わずにはいられないんじゃないか。

 実際に使ってみた読者さんによれば、「ごく普通のトイレでした」とのこと。

 使おうと思えば使えなくもない、ごく普通のトイレ。ぼくも一度でいいから使ってみたいものです。

 

12月4日(月曜) 深夜

 近所のスーパーで食材を購入していたら突然、見知らぬ男性から声をかけられた。

 「おー、名倉くんじゃないの。今夜の夕食?」

 なんだなんだ?? 誰なんだこの人は!?

 読者の人か? と一瞬思ったが(声をかけられたことが実際何度かある)、その場合、「もしかして名倉さん…ですか?」てな感じでおそるおそる話しかけられるのが常であったし、「おー、名倉くんじゃないの。今夜の夕食?」というのは明らかにおかしい。もしかしたらちょっとおかしい人か? とも思ったが、物腰柔らかで落ち着いた雰囲気からは、とてもそんな風には感じられない。

 あわてて小学校〜中学校あたりの同級生を頭の中でリストアップしてみるも該当者ゼロ。というか、二十年ぶりに会った同級生が「おー、名倉くんじゃないの。今夜の夕食?」というのも、なにか違う気がする。

 ああ一体どういうことだよ!! 

 とうとう降参して「失礼ですがどちら様ですか?」と尋ねると先方いわく、「えっ…。Mですけど。ほんとに名倉くん…だよね?」。

 咄嗟に「確かに名倉ですけど、ぼくのお知り合いの方ですか?」と、これまたよく分からない返事をしてしまい。

 すると先方、

 「もう3回くらいはお話させてもらってますよ。ほら、○○○○のカウンター席で」
 「名倉くん、来るときいつも酔っ払ってくるから記憶にないのかもしれないけど」

 ○○○○というのは、ぼくが泥酔するとよく足を運んでいるバーである。なるほど、そういうことでしたか……。

 Mさんはどうやら、この店で何度か顔を合わすうち、常連のよしみで喋るようになった人なのだった。

 飲み会とかだと前半の記憶はちゃんとしてるから、だんだん記憶があやしくなっていることを自覚できる。しかし泥酔状態でしか顔を出さない店での出来事は、最初から最後まで記憶がないものだから、ほんとうに何の記憶もないんである(行ったことすら記憶にないときがあるのだから当たり前だ)。

 もしかしたらぼくは、自分の知らない知り合いが何人もいるのかもしれない。記憶障害とか解離性障害とかの人の戸惑いがなんとなく分かる気がする。

−−−

 人生=それまでの思い出なのだから、記憶が残らない時間に意味なんてないと言われるかもしれない。

 でも、ぼくは決してそう思わない。なぜって、そのときぼくが過ごした時間は、相手の心の中にずっと残り続けるのだから……。

 …なあんてポエムティックに書いてしまいましたが、酔っ払って記憶なくしてるだけの話なので、ロマンも同情もあらしまへんですな。ちぇっ。

 Mさん、ほんとうに失礼いたしました。

 

12月3日(日曜) 深夜

 街中いたるところクリスマスっぽくなりつつある昨今。

 周りの知人や同僚を見わたしても、彼氏持ち・彼女持ちの面々は「どこに行こう?」「プレゼントは何にしよう?」「何を胃に収めよう」などの話題で持ちきりである。

 そんななか先日、職場でケンタッキーフライドチキンの話題が出た。

 ぼくは高校時代ケンタッキーの調理場でバイトしていたので、フライドチキンの話題なら大得意である。で、ここぞとばかりにレクチャーをしておったわけです。

 ケンタッキーはピースに5種類があり、なにも指定せずに注文すると、ショボい部位ばかり詰められたりするから要注意なのだ。

 ちなみに、個人的に美味しいと思っている順にならべると…

 したがって、1ピースだけ注文する場合は迷わず「サイで!」と指定することにしている。さもないとリブやキールを入れられて大変なことになる。

 2ピース注文するときは、2つともサイにしてくれと言うと却下されるから、「サイ&ドラム」あたりで妥協する。奥の手としては1ピース(サイ)を二回注文するというのがあり、店員からはかなり嫌がられるうえ、数十円割高になるが、それでも十分に元を取れると自信を持って断言する。

 …てなことを得意げにひとしきり喋り終えたところ、同僚いわく。

 「でもクリスマスって例年、特別セットのみの販売で、1ピースとか2ピースとか売ってなかったと思いますよ」
 「そもそもクリスマスに1ピースとか買うのって貧乏臭いしー」

 おまえなんか、バーレルのチキン買って、5個ともウイング入れられたらええのんじゃ畜生。さっそく神社でお願いしとくわ!!

−−−

 …コホン。ついつい大人げないことを言ってしまいましたですが。

 フライドチキンを作るとき、とくに厳しく指導されたのが、「鶏肉の皮をていねいに伸ばしてから揚げるように」という点だった。そのまま揚げると皮が縮んで、見た目も味も悪くなってしまうんである。

 とくにドラムの皮の伸ばしかただけは未だに忘れられない。調理場は全員男性スタッフだったこともあったのだろうが、指導担当の先輩が開口一番言ってきたんである。

 「君、オナニーしたことあるやろ? あと仮性包茎やったら話が早い。皮を伸ばしながらオナニーしたらええんや」

 つまりこういうことである。ドラムの皮は縮むと下のほうに下がってくる。それを避けるには、できるだけ皮を先端部分に押し伸ばさなければならない。これにはちょっとだけコツがいるのだが(リズミカルに皮をしごきながら上部にもっていく)、確かに先輩の指摘は「簡にして要を得た」表現なのだった。

 皆様もケンタッキーでドラムを食べる機会があれば、「男子アルバイトがオナニーを想像しながら伸ばしてるのね」と思っていただければ幸いです。

 


  2006年11月のプチ日記 

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